毛沢東を裏切った習主席、平和を脅かす中露に対処が必要
文化人類学者 静岡大学教授・楊海英
2023/4/11 08:00
楊海英教授
中国の習近平国家主席は先月20日にモスクワを訪問し、ロシアのプーチン大統領と会談を重ねた。
ウクライナ侵略を続けるロシアを側面から支援したことで、民主主義陣営と正反対の側に立った、と宣言したように見える。
ダマンスキー島紛争の狙い
習主席は、中国の建国の父とされる毛沢東の思想と行動を受け継いでいると標榜(ひょうぼう)してきた。
現に経済政策の公有化への回帰、政治的な抑圧と反対派への容赦ない弾圧など、すべて毛沢東顔負けの独裁的手腕による統治である。
しかし外交面、それもソ連の継承国家であるロシアとの関係構築に関していえば、毛沢東を草葉の陰で泣かせるくらいの「反徒」即(すなわ)ち裏切り行為を働いている、と歴史を知る者の目には映る。
手元に内モンゴル軍区政治部が1969年4月に編集、印刷した冊子がある。
題して『ソ連修正主義兼社会帝国主義の侵略の本性を暴露し批判する』。
中国とソ連がダマンスキー島を巡って死闘を繰り返していた最中に公開した、洗脳用のテキストだった。
ダマンスキー島はアムール川支流ウスリー川の中州で、中国名は珍宝島。
この島の帰属をめぐって両国は1969年3月に武力衝突した。
結果はソ連軍の戦車と重火器を前に、人民解放軍は大敗したが、果敢に戦ったと謳歌(おうか)された肉弾戦の生き残りは、晴れて第9回全国党大会の代表に選ばれ、毛沢東らの会見を受けた。
ダマンスキー島紛争は中国側が挑発し、局地的戦争へと誘導しようとしたものである。
というのも中国は当時、文化大革命を発動し、内モンゴル自治区でモンゴル人を34万人逮捕し、2万7900人を殺害し、12万人に身体的障害をもたらすジェノサイド(集団虐殺)を推進していた。
内(南)モンゴルはモンゴル人民共和国と隣接し、1945年夏に統一国家の建設を目指していたが、ソ連の意向で中国領とされた。
中国がモンゴル人のエリートを大量粛清したことで、モンゴル人民共和国とソ連の干渉を招く危険性があり、国境の島で中国が先に引き金を引いた。
その挑発行為は同時に、内モンゴル自治区など国内の不満を外部に向け発散させる狙いもあった。
「社会帝国主義国家」に敗れ
ダマンスキー島紛争で惨敗しても、中国メディアの舌鋒(ぜっぽう)は鋭かった。
北京は得意の「歴史的根拠」を持ち出して、次のように主張した。
曰(いわ)く、1858年の「アイグン(璦琿)条約」により、アムール川以東の「わが国の領土60万平方キロ」が奪われた。
その後はさらに「西洋列強の一員となったロシアはわが国に圧力をかけ」、1860年の「北京条約」により40万平方キロもの「領土」が占拠された。
中国政府は1969年5月に非難声明を出した。
すべては「無能な清朝政府とツアー(ロシア君主)政権間で結ばれた不平等条約」で、「ソ連修正主義者兼社会帝国主義者は中国の固有の領土を返還しなければならない」と声高に罵倒している。
モスクワのクレムリンで3月21日、首脳会談に臨み、並んで歩くプーチン露大統領(手前右)と中国の習近平国家主席(ロイター)
中ソ間の領土問題はその後、プーチン氏のロシアとの間で決着した。
毛沢東の中国が強く求めていたアムール川以東の約100万平方キロメートルの「固有の領土」は「社会帝国主義国家」に、いや帝国主義国家に占拠されたままの決着で、中国の負けとなる。
毛沢東の「理念」を裏切り
北京は1960年代初期からソ連の国際社会に於(お)ける覇権主義的行動について批判してきた。
「ソ連はエジプトのナセルの軍事政権とビルマのネ・ウィン独裁政権を支持し、日本の佐藤(栄作)反動政府や日共の宮本(顕治)修正主義集団も結託し、日本人民を抑圧している」と国際社会の対立を煽(あお)った。
結局、毛沢東の中国に真の友人はいなかった。
地球から消してしまいたいほど毛が憎んでいたのは、「社会帝国主義国家」ソ連だった。
そのソ連の後継者、帝国主義者のプーチン氏と習主席は誼(よしみ)を深め、ウクライナ侵略を正当化している。
習主席は毛沢東を裏切ったと言える。
仮に習主席がウクライナの首都キーウを訪問していたら、それこそ北京がかねて被(かぶ)っていた「覇を唱えない」との仮面通りの平和主義者だと称賛されただろう。
残念ながら、真の平和主義者は中国ではなく、日本だ―と中露首脳会談と同じ日にウクライナを電撃訪問した岸田文雄首相の行動で習主席の仮面は剝がされた。
永遠の敵もなければ、未来永劫(えいごう)にわたる友もない、というのが外交である。
それにしてもたった半世紀前に「修正主義」や「社会帝国主義」といった定義の曖昧なイデオロギー的な言葉で相手を口汚く攻撃し合っていた国同士が手を握り合って人類の平和を脅かす存在になるとは、さすがにマルクスやレーニンといった元祖らもあの世で悲しんでいるに違いない。
北京とモスクワは各々(おのおの)、「中国的特色ある社会主義」を堅持しようが、社会帝国主義から帝国主義に脱皮しようが、世界の脅威であるのに変わりはない。日本は真剣に備えなければならない。(よう かいえい)