韓国経済が
危機的な状況に
韓国経済が危機的な状況になりつつある。これは支持率低迷に苦しむ尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権にとって致命傷となりかねず、早急に立て直す必要があるが、その際の経済・外交政策は、前大統領の文在寅(ムン・ジェイン)氏の政策とは対極をなすものになるだろう。
半導体輸出の不振を反映し、経常収支は2カ月連続で赤字となった。輸出の減少は対中輸出の減少が大きく響いている。
国際通貨基金(IMF)は韓国経済に関する警鐘を鳴らし続けている。IMFは、韓国の今年の経済成長率見通しを1年間継続して下方修正している。IMFが「家計債務脆弱国」と指摘した4カ国のうちには韓国も含まれている(残る3カ国はスウェーデン、ベルギー、フランス)。
危機感を反映し、韓国銀行(韓銀)は物価が上昇していても、2月に続き4月も基準金利の引き上げを見送った。
韓国経済は、どこを見ても危機的な状況を示唆している。これを打ち破るためには、文在寅政策を根本的に改める必要がある。
景気回復には
時間がかかる
IMFは、韓国の今年の経済成長の見通しを昨年4月の2.9%から4回連続で引き下げ、さらに今年4月には1.5%にまで下げた。今年に成長率見通しを引き下げた国は他に日本やドイツもあるが、主要20カ国(G20)のうち経済成長率が連続して下落したのは韓国だけである。
輸出依存度が高い韓国は、世界景気の影響を大きく受ける。景気鈍化で韓国の主要輸出品目である半導体などの製造業関連需要が急減した。韓国の生産の10%、輸出の20%を占める半導体の景気が酷寒期を迎える中、サムスン電子の1~3月期の営業利益は前年同期比96%減の6000億ウォン(約600億円)となった。
中国が新型コロナに伴い経済封鎖したことの影響もあった。中国は防疫を緩和し、「リオープニング」したというが、これによる輸出回復は期待ほどではない。
韓国国内では「今年上半期の景気は厳しいが、下半期には回復する」との期待が高かった。しかし、足元では下半期の回復は難しいという懸念が出ている。また、IMFが景気見通しを引き下げたのは、韓国の景気回復が予想より遅れるという見通しのためとの分析も出ている。
いずれにせよ、物価上昇と高金利は、家計支出も含め、内需を制約する要因となっている。
金利上昇による可処分所得減少で
景気がさらに縮小する可能性
IMFによる韓国経済に関する懸念の一つは、前述の通り、家計債務脆弱国であることであり、家計の負債が多いために消費が抑制され、その悪影響が経済全体に波及することである。
その根拠となっているのが家計部門の総負債償還比率(DSR)の高さだ。DSRとは家計が一定期間に返さなければならない貸付元利金の所得に占める割合である。韓国のDSRは昨年4~6月期に13.4%を記録した。つまり、韓国の家計は稼ぎの13%以上を負債と利子の返済に使ったという意味である。ちなみに日本や米国は6~7%にすぎない。
2007年に665兆ウォン(約67兆9300億円)だった家計負債は昨年末には1867兆ウォン(約190兆7200億円)にまで膨れ上がった。金利上昇による可処分所得の減少で、景気がさらに後退するリスクがあるとの指摘も出ている。
急激な金利引き上げは
韓国経済に大打撃となる
韓銀は、「高い物価上昇率が相当期間継続した場合、経済主体のインフレ期待が高まり、さらなる物価上昇を誘発する可能性もある」として、2021年8月に0.5%だった政策金利を1年5カ月で計3%引き上げ、3.5%とした。
昨年の消費者物価上昇率は5.1%で、1998年の通貨危機以降で最高値を記録し、今年も年間で3.5%を予想している。こうした中、韓銀は最近2回の政策決定会合で金利の引き上げを見送ってきたが、これは苦渋の決断である。
今年1~3月期の名目国内総生産(GDP)に対する民間債務(家計負債+企業負債)規模は216.3%と過去最大水準であり、今後金利が上がれば滞納が0.3ポイント増えると推定している。株式市場にもマイナスの影響が予想される。
急激な金利引き上げは経済に大打撃を与えかねない。上半期の景気低迷が、果たして高金利の余波に伴う一時的な状況なのか、長期低成長の始まりなのか、注視する必要がある。
韓国経済の再生に
動き出した尹錫悦政権
韓国経済の再生のための動きは、既に始まっている。
例えば以下の4つである。
(1)韓国の最大の輸出国が中国から米国に代わった。
(2)尹錫悦大統領の訪日に合わせ、4大財閥のトップが大統領に同行し日本の経団連をはじめ個別企業との話し合いを行った。
(3)尹錫悦大統領は、今月下旬に国賓として訪米し、26日首脳会談と夕食会、27日に米上下両院合同会議での演説と昼食会に臨むことになっている。訪米には与野党の国会議員や財界関係者も同行する。
(4)現代自動車が29年ぶりに韓国国内に新工場を設置することになった。それは尹錫悦政権が過激労組・民主労総の政治的な動きと経済を麻痺させるストを封じる行動に出ている点が大きい。
尹錫悦政権は、今後こうした流れを本格化させていくだろう。
韓国の主要輸出先が
中国から米国に回帰
韓国経済の成長エンジンであった中国との関係が転機を迎えている。その象徴的なものが、前述の通り、韓国の輸出の割合が1位の中国から米国にシフトしていることである。
政府と韓国貿易協会の統計によると、今年1~3月の韓国の総輸出のうち中国の割合は19.5%と、昨年の22.8%から大幅に減少した。一方、米国の割合は20年前の水準である17.7%にまで回復した(2011年には10.1%まで下がっていた)。対中輸出の空白を対米輸出が埋めた格好である。米国市場で自動車輸出が好調を続ければ、米国の割合が20年ぶりに中国を逆転する可能性もあるという。
尹錫悦政権はこれまで日米韓との同盟強化に乗り出してきたが、中国との関係では、中国の反発を意識して、米国の期待に十分応えてこなかった。韓国は高高度防衛ミサイルシステム(THAAD)の配備に対する中国の報復を目の当たりにしてきたからである。
韓国国内には、最大の輸出相手国が中国であり、中国を怒らせることによる経済的打撃を懸念する声が高い。また、北朝鮮の挑発を抑制する上での中国への期待も高かった。しかし、こうした中国との構造的問題に変化が起きている。
最近の中国への輸出減少と貿易赤字の増加は、韓国の景気悪化や特定品目の不振という要因のみならず、グローバルな貿易環境の変化が本格的に反映された結果だという分析が出ている。
長期化する米中貿易戦争や、世界経済のブロック化現象など、韓国の輸出動向に大きな変化が起きている。また、北朝鮮のミサイル発射に対する国連制裁強化を妨害しているのも中国である。
中国の圧力を低減させ、韓国が名実ともに西側の連携に加わるためには、日米韓がより強い結び付きを示し、中国が圧力をかけにくくすることが重要である。中国へ輸出比率が下がってきた現在は、そうした取り組みを強化するための良い機会である。
韓国経済の再生には
日米との関係強化が重要
韓国経済の再生のためには、日米との協力関係の強化が重要である。
日本との間では、尹錫悦大統領の訪日、首脳会談でその足掛かりを作った。
日韓の経済関係で象徴的なものは、半導体素材に関する韓国のホワイト国への復活であり、そのための条件を整備させるべく、日本も協力する必要がある。
尹錫悦大統領の訪日時には経団連と全経連がビジネスラウンドテーブルを開催し、韓国からは4大財閥の会長らが参加した。
日本商工会議所と大韓商工会議所の間でも、「首脳会議」の6年ぶりの開催に向けて実務接触が行われている。2025年の大阪・関西万博と、韓国が釜山への誘致を目指す2030年万博のプラットフォームなどでの連携も提案した。
朴振(パク・チン)外相の国会での答弁によれば、尹錫悦大統領の米国訪問では、「北朝鮮の高度化する核・ミサイル脅威に対抗し、拡大抑止の実行力を質的に強化する案を議論する」という。併せて、供給網(サプライチェーン)の安定化などの経済安全保障や人工知能(AI)、原子力、宇宙など、最先端分野での協力強化の方針を表明する予定である。
米韓首脳会談で韓国が期待するのは、北朝鮮への拡大抑止に合意することであるが、米国の期待は中ロと関連した韓国の「前向き」な対応である。中ロに対する米韓の連携強化によって米国の信頼を得ることは、経済面において米国の協力を得るために不可欠である。
尹錫悦大統領は米国訪問において「先端産業協力や未来の核心分野の交流に重点を置き、訪問都市を検討している」という。
現代自動車の国内工場設置は
労使関係の変化への期待を反映
現代自動車は11日、尹錫悦大統領も出席して、京畿道華城市に建設する韓国初の電気自動車(EV)専用工場の起工式を行った。同社が韓国国内に新工場を設置するのは1994年以来29年ぶりである。
現代自動車は華城(ファソン)市のEV専用工場を皮切りに、国内外で本格的にEV企業としての体制を整えていく構えだ。韓国国内でEV分野だけで24兆ウォン(約2兆4500億円)を投資する。これによってEV生産台数を昨年の33万台から2030年には364万台に増やす。
現代自動車が韓国にEV生産の工場を設置するのは、グローバル競争力を備えた電池メーカーが韓国国内にあり、また、長年にわたり、ハイブリッド車などの車載電子部品を下請け企業と共同で開発・生産してきたノウハウと生態系があるからである。
現代自動車は民主労総系の強硬な労組に支配され、生産性の低さ、高い人件費、飽和した内需市場などのため、29年間国内での工場設置を見送ってきた。それにもかかわらず新工場設置を決めたのは、尹錫悦政権の民主労総を取り締まる姿勢が鮮明になったからであろう。
尹錫悦政権は、2023年の韓国経済の重点課題として、年金・労働・教育の3大改革を挙げた。文在寅政権の下では労働組合は甘やかされ、その代表格である民主労総の主張は一層過激になっていた。
しかし、尹錫悦政権は、輸送労働者の組合である貨物連帯が無期限ストに入った際には職務復帰命令を出すなど、強硬に対応し、スト中止に追い込んだ。また民主労総が北朝鮮のスパイの温床になっているとして捜査を強めている。
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もともと現代自動車の労組は民主労総が主流であり、ストを頻発させ、賃上げや労働条件の改善を求めてきた。しかし、尹錫悦政権になって様相が変わってきたことが、新工場設置の決断を促したのであろう。実際、尹錫悦大統領は起工式に参加し、民主労総と対峙(たいじ)する姿勢も示した。
尹錫悦大統領にとって、経済の再生が支持率回復の鍵である。そのためには韓国企業の国内投資を活発化させるのが第一歩である。
支持率が回復すれば、日韓関係にもさらに前向きに取り組めるようになる。それは文在寅政権からの決別を意味することになるだろう。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)