こだわりメモ帳

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・ 新舞子朝景

2008年01月05日 | ◆ D300ギャラリー
 色温度というのは不思議、
人の目で見れない世界を見せてくれる。
この4枚はデジカメでホワイトバランスをオートで撮っている。
陽が昇る前は青く、上がってからは赤くなる。
色温度を逆算するソフトを知らないので、それぞれが何度かわからない。
それでも、不思議な色温度を写真で見ることができた。



by Nikon D300



2007.12.27 06:31(潮位 -7cm) ISO 3200 補正値 -0.7









2007.12.27 06:37(潮位 -2cm) ISO 3200 補正値 -0.7









2007.12.27 07:32(潮位 +9cm) ISO 400 補正値 -1.3








2007.12.27 07:51(潮位 +15cm) ISO 1600 補正値 -1.3
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・ 気もちいい朝

2008年01月03日 | ◆ D300ギャラリー

2008.01.03 07:15 東大阪

 晴れた気もちいい朝を迎えた
この時間、鳥たちはまだ何も来ていない
子らもまだ寝ている
転勤後のようすを聞けば
朝は5時起き、帰りは11時ころとか
お休みの惰眠がなによりの骨やすめ
新年は8日の例会日が始動日だから
それまでのんびり
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・ 続 伊勢発見

2008年01月01日 | ◆ こんな本

2008.01.01 07:52   初日の出・東大阪


あけましておめでとうございます
この一年いい年であるようにとねがい
また今年いちねん元気で過ごせるようにと祈る



伝説   『小栗判官』---冥界とこの世を往来する話・・・・・立松和平著 「伊勢発見」 ヨリ

 熊野古道に伝わる伝説のことを考えると、まず思い浮かぶのが説経節の「小栗判官」である。
冥界とこの世を往来する小栗判官の物語は、中世の人の精神性をよく映しだしているといえる。
あの世とこの世とが混然としていながら、そこに人間らしいヒューマニズムの太い線がつらぬかれている。
浄瑠璃や歌舞伎にもなって、『小栗判官』のあら筋は次のようだ。

 三条高倉大納言兼家殿の嫡子の小栗判官正清は、鞍馬山に詣でた折に深泥池の大蛇に見初められ契りを結ぶ。異類婚をなし、人間と異類との両義な存在となった。そのため都に禍を起こすとみなされ、常陸へと流される。そこで、薬売りより武蔵相模の郡代横山の娘照手姫の美しさを聞き心動かされる。やがて照手姫を訪ねた小栗判官は姫と契るが、怒った郡代は小栗を毒殺、土葬にし姫は相模川に沈められる所を危うく逃れる。流転の果ての姫は美濃で遊女を強要されるが夫に貞節をつくし耐える。一方、毒殺された地獄の小栗判官は閻魔大王に引き出され、「がきやみ」つまりハンセン病者としてこの世に蘇生させられる。その後、その身を踊り念仏の時宗四代の藤沢の上人・呑海にまかせられる。藤沢の上人は、餓鬼阿弥陀仏となり自分で歩けない小栗を土車に乗せる。そして小栗は道ゆく熊野詣の善意に支えられ熊野古道の巡礼となる。当時、らい病者は家族に迷惑がかかるため、自身の差別に耐えながら巡礼に出ることが多かったが、帰らぬ旅に出た彼らを熊野は受けとめた。土車に乗せられた小栗判官は、東海道を人の手により少しずつ引かれ常陸小萩と名を変えた照手姫のいる美濃の青墓に着く。餓鬼阿弥車を見た照手姫は、何も知らぬまま死んだ夫の供養にと土車を大津まで引く。このようにしながら、とうとう湯の峰の湯壷に入った小栗判官の前に熊野権現が現れ介抱してくれる。湯につかって17日、耳が聞こえ目が見えるようになる。37日でもとの小栗判官に戻ることができ父兼家のもとにもどる。そして美濃の青墓の妻照手姫を救い出す。

このドラマティックな物語で熊野は救いの地として登場し、人々はまた熊野への巡礼に誘われる。

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