スマホの充電具合が、
どうもお正月当たりから思わしくなくて、
そのうち「電池交換をお勧めします」見たいなお知らせが
ぽっと画面に出るようなったので、
新しいスマホに交換しました。
ネットで注文した新しい機種が届いたので、
初期設定やら何やらを息子にしてもらい
今は、必要なアプリを取り込んでいるところです。
ニュースのアプリを操作していると
私の「性別」「年齢」「趣味」等、を入力する項目がありました。
「前期高齢者の女性」が興味を持つ話題を
「あちら側」が忖度して配信してくれるのでしょうか。
ご親切なことです。
好むと好まざるとにかかわらず
「私の為に」送られてきたニュースをただ読んでいると、
洗脳されてもおかしくない(大げさだけれど)、と
ふと、怖くなってしまいました。
現役時代、
「放送教育」という分野があって
幼児期の「放送教育(視聴覚教育・メディア教育)」をどうとらえるか?
そんなことをテーマに、研究に首を突っ込んだことがあったけれど
「たくさんの経験と体験を通して、知識を増やし、知恵を培い、自分で判断できる人間に育てる」
要するに、
テレビ等情報伝達機器や文章(本・絵本)から与えられた内容を
ただ視聴して鵜吞みにするのでなく、
その内容について、まずは自分で考え、周りの人たちと意見交換してみる、
というようなことに保育士たちは気付き、
子どもたちには、まずなにより
いろんなことを体験・経験させることが大事!、だとして
自然の中に連れ出したり、
遊びの中での気づきを大事にして、それを仲間に広げて遊びを膨らませたり、
意識して社会経験を積ませたりする保育を実践していました。
そうすることで、
何かを判断するときの材料をたくさん持てる大人になってほしい、
と考えたのだと思います。
話を戻しますが、
その人に合うように、と送られた情報ばかり見ていると
どうしたって、
偏った考えに行ってしまうような気がします。
興味のないことや物に意識を向けることはエネルギーが必要ですが、
それでも、
自分とは違う意見や考えにも耳を傾け、
得意分野ではない分野にも少しばかり関心を持つことは、
バランスの取れた人間になるためには必要のような気がしました。