『晴れた日には・・・』

日々の雑感を綴ります。

餅つきと・・・、葬式と・・・

2018年12月27日 | 日記
昨日は、朝から予定の餅つき。

二臼搗くうちの、一臼のみ。

3升のもち、これはすべて「のし餅」にして、

お嫁さんの実家にそれぞれ送ります。



いつもなら、

一日で二臼搗くのですが、

さすがに息子のいない平日での餅つきに

主人もちょっと心配をして

一臼のみにしました。



残りの餅つきは

息子がいる30日にして、

そこから、お供えを取って、

我が家用ののし餅になります。


餅つきを済ませて、私は葬儀・告別式に。



帰ってから、のし餅を切って、

それぞれの分に分け、いったん冷凍庫へ。

それから、買い物。



昨日は一日中慌ただしく、

すっかり疲れ果てて9時には寝てしまい(主人も同様)

今朝はまた、

すっかりお寝坊したのでありました。



やれやれ・・・・

やっぱり、歳には勝てませんなあ・・・・




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心がざわざわしています。

2018年12月25日 | 雑感
新聞のお悔やみ欄に、

親戚のご主人の名前を見つけました。



母の母と、育ての母の里、です。

あちらのご両親やうちの父や母たちの代まで

比較的頻繁に往来していましたが

娘さんの代になってからは

義理のある時のみでした。



でも、私も小さいころ、

よくおばあちゃんに連れられて、泊りがけで遊びに行ったり

向こうも遊びに来たりしていたので

気持ちの上では、「いとこ」のような気持ちでおりました。



また、娘さんがご養子さんをもらったのですが

その相手が不思議なご縁で、私の同級生だったこともあって

周りの親戚が代替わりしていても、

法事などでお呼ばれした席でも

それほど緊張せずに済みました。



そのご主人が亡くなられたのでした。

64歳です。


最近は母、自分の部屋がわからなくなると

「ここは小出かえ?」

と、自分の親の実家のことを口にしました。

94歳の母の実家と言ってもいい、そのお宅の

まだ若いご当主がお亡くなりになったのです。


母に話に行ってこようか?

話しても、もう亡くなられたご主人のことはわかっていないかな?

先代の、それこそ母の従弟のことだと勘違いするのかな?

もう、そのおじさんはとっくに亡くなられているけれど・・・



何だか、朝から

心がざわざわする私です。



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「とおと、来年はもうサンタさんにならなんでね。」

2018年12月24日 | 日記
今日は、クリスマスイブ

みんなで夕飯を一緒に食べました。





お腹がいっぱいになったころ、

ピンポーン! と、チャイムが鳴りました。

玄関に出てみると、

サンタさんがプレゼントを持って、待っています。


「はい、チーちゃん、メリークリスマス!

 これは、ナオちゃん!」

と、みんなにプレゼントを渡してくれましたが、

サンタさんの顔を見ると、

なにやらチーちゃんは困った顔になりました。



「ねえ、なんで とおとがサンタさんなの?」


そこで、とおとのサンタは

サンタさんは一人でみんなのお家を回らなくちゃだから忙しいこと

サンタさんが忙しいから、

とおとはサンタさんに頼まれて、ちーちゃんのところに届けに来たこと、

を、お話ししました。





夕飯が済んで、ケーキも食べて

お部屋に戻るとき

チーちゃんが言いました。

「ねえ、とおと、来年はとおと、サンタさんにならなんでね。

 チーちゃんのところに、本物のサンタさんが来なくなっちゃうから・・・」


来年のサンタさんは、

なんのプレゼントを持ってくるのかな?



ばあばにも、サンタさんが来ましたよ!



ワインと本『日本の絶景と秘境』でした。

サンタさん、ありがとう!!

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安心しました

2018年12月24日 | 介護
昨日、母の衣服を整理しているうちに、

何だか、とっても母のことが気になって心配になってきてしまいました。



母は、パジャマに着替えるときは、誰かが付いていないとうまく着れません。

母は、トイレは、一人ではズボンの上げ下げは無理です。

母は、洗顔も歯磨きも、人の手が必要になります。



あれやこれやと心配になりましたが、

午後は用事があって行けなかったので

それで、今日は午前中のうちに

母の顔を見に行ってきました。



リビングに入っていくと

「あれっ? よくここに私がいるってわかったじゃん!」と

嬉しそうに迎えてくれました。

今まで一度も飲んだことがない「コーヒー」を

一緒のユニットのお仲間と美味しそうに飲みながら

話しをしているのには驚きました。



相手のおばあちゃんが、

「あれえ、この人を連れに来たの? 連れてかなんでえ・・・」

と、おっしゃって、

母のことをとても気に入ってくださっている様子なのも

安心し、うれしく思いました。



母本人は、ここに来てまだ日が浅いことはわかっているようで

「わし、何にもわからんもんで、何にも言わなんで見てるだけ。」

「でも、そのうち、いろいろがわかってきたら、おばあちゃんのことだもんで
 いろいろ言うよね。きっと。」

「あはは・・、そうさあ・・・。」



帰るときも、「一緒に帰る。」とは言わず、

「ありがとない、また来ておくれ。」と言ってくれました。



皆さんに優しくしていただいて

皆さんと、仲良くなれそうで、

母が、居心地の良い空間になる日も

そんなに遠くない、と思いながら帰ってきました。
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経帷子(死装束)

2018年12月23日 | 雑感
母の衣類を整理していました。


当面、寒い冬用の下着や洋服は施設に持っていきましたので

来年春頃に着る洋服類を用意しておこうと思ったのです。

併せて、納戸にある母のものを確認していましたら

紫色の風呂敷に包まれた着物を見つけました。



開いてみると、

白い襦袢のようなものでした。

一緒に新しい足袋も入っていました。



「ああ・・・これ・・・」

昨年12月、母の具合が急激に悪くなり、

それなりの心の準備が必要か・・・・、と思う時があって

その時 姉に、

「経帷子があったはず・・・見つけておいて」と言われたのです。



母は、和裁の師範でもあって

呉服屋さんに頼まれて、多くの方の着物を縫っていました。

80歳を過ぎてからは、視力が衰えてきたので

頼まれた着物はもう縫いませんでしたが

娘の浴衣くらいは縫ってくれました。

そのころ、父のものと一緒に経帷子を用意してあったようなのでした。



それが、昨年12月には

いくら探しても見つかりませんでした。

当然、蔵にある箪笥の中だろうと

姉と二人して探してみたのですが、

やっぱり見つからず、

仕方がないので、ほかの長襦袢を

「まあ、これを代わりに使っておきましょう。」と

持ち出していました。



母は、やっぱり自分で用意してあったのでした。

でも、仕舞った場所を忘れちゃっては、困りますよね。

自分で縫って用意したことも忘れているのかもしれない。



それでも、これを使う日は

きっと、まだまだ、向こうのことでしょう。
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