日々乃家日誌 まにまに・てい子の日々の発見

母まにまにが娘てい子と始めた、日々の発見を綴るブログです。

切明千枝子さん

2018年11月26日 | 出会った人たち
 千枝子さんは動物が好きだったから、港から戦地に送られる馬をいつも見ていた。遠浅の海をクレーンで吊り上げられて船に乗せられた馬たちは、聞いたことのない鳴き声をあげたのだと言う。
 原爆が落とされて戦争が終わって運のよかった兵隊さんたちがボロボロになって帰ってきた。動物たちも帰ってきただろうか。馬は犬は鳩は、一頭も一匹も一羽も帰って来なかった。
 どこかの地でしあわせに暮らしているのならいいなあと思ったけれど、きっとみんな食べられたんでしょう、と千枝子さんは言った。

 神妙に聞いていたヨーロッパの学生が質問した。そのような辛い体験をどのように乗り越えられたのですか。

 答えは思いがけず軽やかなものだった。

 音楽です。戦後間もなく聞いた諏訪根自子さんのバイオリンのリサイタル、ツィゴイネルワイゼン、そしてG線上のアリア。こんなに美しいものがこの世にあるなら、もっと生きてみようかと思ったのです。

 また別の学生が質問した。
語ることは辛くはないですか。

 私はずっと忘れたいと口を閉ざしていました。重くて辛くて体も壊して。80になった時ふと私はそのために生きながらえているのではと感じて、初めて自分の口から語ることを始めたのです。語るたびほんの少しだけ重荷はみなさんに分けられていくようで。
 今私は健康になりました。

 私のすぐ隣で語る千枝子さんは、87才とは思えないほど強く深く澄み渡る知性の泉だった。
 そのことばは私たちの存在する次元より一段深いところから響いてくるようだった。

 どこまでも広がっていく同心円の波紋のように、千枝子さんの声も届くといいなあと思う。



https://m.youtube.com/watch?v=TbqFd1EDqTo

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