故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

さなさんー12

2014-12-20 03:15:31 | 短編小説

第十二話 海軍大尉

(昭和15年冬)
道を作ると同時に、伊藤は山の中腹の沢の側にコンクリート製のタンクを
3基作らせました。

各タンクは幾層かに仕切られ、その層の中には、石、砂による浄化の
仕組みが村の者達の手で仕上げられました。
大きな木の枝が伸びる場所に設置したタンクの上に蒸発を防ぐ欅製の
屋根がかけられました。海軍から届いた20台のポンプを揚程10mごとに、
小さなタンクと一緒に設置しました。

新しく作ったタンクで浄化された湧き水を頂上までくみ上げました。
伊藤はさらに沢沿いに長いトンネルを何本も山の中腹に開けさせました。
後のことになりますが、翌年の夏は、6月に来た台風のあと、
9月の台風までは日照り続きとなりました。
いつもであれば、島は飲み水にも困るほど干上がるのでした。
長いトンネルから湧き出る水は、ポンプでくみ上げるよりはるかに
多くの水を田畑に流しました。その年から、島民は水争いをすることも
なくなりました。最後の仕上げの仕事に打ち込めました。
仕事が終わり、伊藤がいなくなったあとも、村人は大いに伊藤を尊敬
しました。掘られた年度と海軍大尉伊藤金得の名が刻まれた石碑が、
トンネルの出口に今でもひっそりと建っています。


 命の水

子供達は、とった橙の実は酸っぱくて食べられませんでした。
炭酸の粉をつけるとさなにも食べられました。
さな達は、橙の木で遊ぶときは、炭酸の粉を、
各自家から新聞紙にくるんで持ってきていました。
「もってきたか。」
「みずやの奥にあったけえ、なかなか分からんかったわい。」
新聞紙にくるんだ白い粉を見せ合うのでした。
みずみずしい橙の実に炭酸をこすりつけると泡が立ちました。
すかさず、泡ごと食べるのでした。子供には取れたての橙の実の
刺激の強い酸味が苦手でした。炭酸の泡によって緩和され、
甘みが引き出されるのでした。
だけど、少しばかり自然じゃない味もしました。

(つづく)
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さなさんー11

2014-12-20 01:20:29 | 短編小説

第十一話 都自慢に田舎自慢 

あまりに楽しそうなので、さなの勉強がないときは、
近所の悪童達が集まるようになりました。
伊藤の話す東京の暮らしや、海軍や外国の話に目を輝かせるのでした。



 都の遊び

「ほうほう、東京じゃベーゴマたらいうもんがはやっとるんじゃと。」
男の子達は、自分達の知らないベーゴマを想像するのでした。
さなは、伊藤を独り占めしたいのに、いつも伊藤のまわりはにぎやかでした。

月に二回の休みの日には、村中の仕事仲間が、酒を持って、魚を持って
集まるものですから、夜中まで大騒ぎとなることもありました。
そんな時、光男はいつもより饒舌になるのでした。
酔っ払いの何人かは、帰り道に川に転落しました。


 
 兄貴

しかし、伊藤はどんなに遅くまで飲んでいても、朝起きて、仕事になると
別人になりました。伊藤から聞いた話やら歌が広まり、村長もくるようになりました。

「双葉山を破った安芸ノ海はのう。宇品にある食料品屋の息子での。
わしは、親父さんをようしっとるんじゃけ。」
村長は、伊藤に自慢するのでした。
光男は、伊藤という男がますます好きになって行くのでした。
あの日以来、忠は年下の伊藤を兄貴と呼ぶようになりました。

(つづく)
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さなさんー10

2014-12-19 22:12:23 | 短編小説


第十話 信ちゃん 

秋口に松茸をとりに行きます。
子供達ははぜの木で、よくかぶれていました。
だからさなは、秋の山だけは、入りませんでした。
さなの知らないうちに、松茸山は隣の三高村の子達との松茸争奪の場と
なっていました。

「こんないつら、やっちゃれや。三高のばかたれが。」
最初は、松かさの投げ合いでしたが、知らない子通しはやがて小石の
投げあいになりました。上に陣取った高田村の子に歩がありました。

「ほおら、ほら。」
男の子達は、おちんちんを振りながら放尿していました。
ある時、中でもいたずら好きの信ちゃんが、柔らかさが戻ってきた
秋の日差しの中で、背丈ほどの木にぶら下がっている足長蜂の巣に
おしっこをかけて遊んでいました。
この時期の足長蜂は気が立っているのでした。
信ちゃんは、迫ってきた蜂に気付かずまだかけていました。
見事刺されたおちんちんは、見る見るうちに徳利ほどにも
膨れ上がりました。


 信ちゃん一大事

「いそげんけえの。まっちゃれや。すれていたいんじゃけえ。」
信ちゃんは、腫れ上がったおちんちんが、ずぼんに擦れて
今にも泣き出しそうです。さなはその時初めて、あこがれていた
おちんちんにも弱点があることを知りました。

どこの家でも、実のなる木を植えていました。子供達は、どこの家の
柿の実であろうと取って、腹の足しにし、喉の渇きをいやしていました。

「さな。気い付けえよ。柿の木はもろいけんの。わしなんか、こないだ
持った枝が折れての、7mも下の地面へ落ちての、息が当分
できんかったけえの。」
と信ちゃんは、思い出したように柿を拭いてかじりました。

秋が始まる頃の夜、近所の農家では、ランプの下で、
一家総出でタバコ綱に、タバコの葉を一枚ずつ通す作業をしていました。
さなのうちからこの頃よく笑い声が聞こえてくるようになりました。

(つづく)

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さなさんー9

2014-12-19 03:43:51 | 短編小説

第九話 天狗の所業

その夕方、光男とさなはワイヤーが引っかかった岩を、
さなの家の上の畑に植えられた橙の木の横から見上げていました。
二人の男が、岩山の上に立っていました。
二人とも近くの木にかけたロープにつながれているのが見えます。
一人は、大きなハンマーを持っています。もう一人は、大のみと
長い金てこを持っています。
伊藤と忠でした。夜の間、ハンマーがのみに打ち下ろされる
「カーン」と清んだ音が、山から聞こえてきました。海からは、
海面をたたく「ターン」という乾いた音が聞こえてきました。
津久茂の瀬戸に刺し網をした追い込み漁の海面を打つ音です。
引き潮の時は外海側から、満ち潮の時は、内海側から、魚を追うのでした。
網を目指して泳ぐように魚の背後から音はしました。

海猿と天狗

夜中に起きだしたさなと光男は、岩山の上に石油ランプの
ぼんやりした灯りを見ました。
海の上では、船の上にかざしたランプが揺れて見えました。
海のほうからの音は、深夜に止みました。
岩山の二人の天狗の槌音はまだ続いていました。

夜明け前、何かが落ちる大音響が岩山の方角から聞こえてきました。
家の外に飛び出した光男は、ぼんやりと明るくなった曙の中を、
大きな岩がゆっくりと沢を踊るように落ちていくのを見ました。
沢の途中に作った泥止めのダムに食い込むようにして、土ぼこりをあげ、
大岩は止まりました。岩山を見上げると、二人が宙吊りになって残った
岩山にしがみついているのが見えました。
岩山から解放されたワイヤーが昇りかけた朝日に光って、空気を切り裂く
音を残して、大きくうねりながら、木々を切り裂いていました。
二人は、ワイヤーが食い込んだ岩を割ったのです。

「ようやったのお。あげな高いところで、一晩中割っとったんじゃの。」
男達は。作業が、元通りの工程で進められることになり、安堵しました。

(つづく)
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さなさんー8

2014-12-18 20:59:15 | 短編小説

第八話 簡易ロープウェイ 

(昭和15年秋)
山の頂上付近にある大きな岩に穴をあけ、太い金具を打ち込み、
ふもとの岩にも同じように金具をつけてワイヤーを固定しました。
麓から山の中腹まで、簡易ロープウェイを作りました。
伊藤は、ロープウェイで機材を揚げさせました。ロープウェイの
動力は、海軍から調達したガソリン式の発動機でした。
発動機の始動のときは、重くて大きな羽根車を手で回しました。
爆発的な力が足りないときは逆回転の「けっちん」がきました。

大きな台風が西日本を直撃したときは、草木を大いに揺らしました。
風にあおられたロープウェイ用のワイヤーが大きな岩の間に食い込んで
しまいました。

「どうするかの、これじゃロープウェイも役にたたんわい。」
島の男達は見上げるばかりで、何もできませんでした。
村一番の乱暴者、忠が呼ばれました。

忠は、新任の女先生に道の途中で見つけた子蛇を見せて泣かせました。
かばんを先に窓の外に投げ出して、女先生の隙を見て窓を越えて悠々と
逃げるのでした。

夕方の暗くなりかけた山道を、山田のおじさんが急いで帰っていました。
人気のない茂った薄で見えない溜池のほうから、
静かに人を呼ぶ声がします。
「いや、出た。」
とおじさんは思いました。ひときわ高い天狗松に住む天狗が出たと
思いました。それにしても、細い声で呼ぶのは意外や子供の声でした。
おじさんは恐る恐る池に近づき、薄の陰から声のするほうを
うかがいました。忠が池の水面に顔を出して沈んでいます。
助け上げた忠は、縄で縛られて大きな重石がくくりつけられていました。
「どしたんなら。われ。」
と山田のおじさんは血相を変えて尋ねました。
あまりにもいたずらが過ぎる忠のために、忠の親父さんがした罰でした。

夜中に花を習いに行った近所のおばさんは、夜道を急いでいました。
防波堤にきちんとそろえた女物の下駄を見ました。
「誰かが、可愛そうにの。」
とつぶやきながら、墓場のある畑道を逃げるように登っていました。
墓石の蔭から誰かがのっそりと出てきました。酔っ払った忠でした。
驚いたおばさんは、泡を吹いて、腰を抜かしてしまいました。
忠がおぶって帰ってきました。

翌年から、忠の教室は2階になりました。
それでも樋を伝って、相変わらず逃げる忠でした。木刀を持った
教頭先生に追っかけられる忠は、島でも有名な困り者でした。
さなも木登りの手ほどきを受けたのは忠からでした。

「さな。手と足と全部で昇るんじゃけえの。ちいとずつど。」
乱暴者の忠は、さなには優しかったのでした
村長が、忠を呼び出したのは、忠は乱暴者だけど小さい頃から猿のように
身が軽い男だったからでした。
忠は軍手を重ねて巻いた手と地下足袋の足でワイヤーをたくみに
伝っていきました。足をからめワイヤーを揺すっています。
ワイヤーの高さは地上からゆうに10mもありました。
ワイヤーは岩の間に食い込んだまま動きません。
ワイヤー以外何もない空中での作業でした。忠は、岩に足をかけて
ワイヤーをはずしにかかっていました。忠は渾身の力を込めて岩と
格闘をしています。すでに一時間が過ぎました。
力尽きた忠は、仕方なく降りてきました。

 猿と呼ばれた男の挑戦

「忠でも、駄目かの。伊藤さんはどうするつもりかの。」
期待も大きかっただけに、見上げていた男達はがっかりしました。
これで、作業は大幅に遅れることになりました。

(つづく)


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