故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

さなさんー7

2014-12-18 02:28:07 | 短編小説

第七話 海遊び

山から流れ出る湧き水は、腐葉土の栄養を一杯含んで、
海に流れて豊かな海を作り、魚と貝を育てていました。

夏休みには、子供達は、朝から満潮の海に行きました。
とにかくご飯時以外は、外で遊んでいるのでした。
段々畑から、大人達は、その様子を時々見て安心するのでした。
満潮のときは波止めまで水が満々とあり底が見えません。
悪童達は、褌のまま波止めのてっぺんから飛び込みました。

「ラムネやるけんの。」
ラムネのように泡が一杯でることからそう呼んでいました。
足から飛び込んでも、底に足が着くことはありませんでした。

「みてみて、うちもできるんじゃけえ。」
小さい頃のさなは、波止めから海に降りる石段の途中からパンツ一枚で
飛び込んでいました。そして、大きい子達と同じように飛沫があがるのを
喜んでいました。

「さな、言うたろうがい。つようひっぱたら、ちんぼがとれるんじゃけ。」
と信ちゃんは、さなに真剣に説明しています。
干潮になると持って来た塩をおとりにマテ貝を採るのでした。
潮が満ちてくると川が海に混ざるところで、白魚をすくっていました。

「骨まで透けて見える。」
さなは、美しい白魚が、ざるの中で、ぴちぴち飛び跳ねるのを飽きずに見ていました。
取れた獲物は、光男の酒の肴や味噌汁の具になりました。

ある時は、海の上で長くて太い孟宗竹を高志が引っ張ります。
「なんでもありゃせん。」
小さな子は、鰯のように竹を目指して群れをなして泳ぎます。
高志は、潮が止まるのを見て、竹を沖合いに誘導していきます。
「わっ。水を飲んでしもうた。」
小さい子は、波に洗われながら顔をやっと波の上に出しています。
時々、竹をつかもうとします。

 いつしか泳げるように(表紙より)
「やすませてえや。」
とさなは、力を込めて手を伸ばしました。
その度に竹はすーっと逃げていきます。
高志が、様子を見ながら引っ張るのです。その繰り返しをしながら、
定期船の航路をいつしか過ぎて、対岸の津久茂が、大きくなってくる
のでした。やがて渡りきるのでした。距離にして2Km。
「高田があんなに、ちいそう見える。」
さなは、いつしか渡りきった津久茂から自分の住む島を見ていました。
島の子供達は、そうして遊びの中で泳ぎを覚え、上達するのでした。

さなは、県女を受験する光男の許しが出た頃から、夕食のあと伊藤に
勉強を見てもらうようになりました。
そんなときの伊藤は、仕事の時の厳しい表情から一変して優しくなるのでした。

「伊藤さん、今日はここからじゃけえな。」
さなは、妹のようになつきました。そしてよく笑うようになりました。
光男は、寡黙な男で、食事中も酒を飲むだけでしたから、家族はいつも
静かに食べる習慣がついていたのでした。
浴衣を着た伊藤は、ひょろひょろとして頼りないくらいでした。
仕事の時と違うのは、表情だけでなく、よく冗談をいうのでした。

「さなは、木登りと同じで、試験に落ちることはあるまい。」
さなの勉強はますます進むことになりました。姉も勉強の終わり頃を
見計らって来るようになりました。二人の笑い声が、家庭を明るくし、
母さえも、さなの部屋にすいかやトマトを運んで来ては、笑顔になって
帰って行くのでした。
そんな風に女達が笑うのにつられて光男も面白くない冗談を
時々言うようになりました。

「たけこがこけた。」

(つづく)
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さなさんー6

2014-12-17 21:37:40 | 短編小説

第六話 離れ

ジャンジャンジャン。
朝から、せんだんの木でくまぜみが鳴いています。
風は止まり、背戸から入ってくるわずかな風が涼を運んできます。
さなは、昨日の夕方、仲間達と一緒にとった這蝉が羽化し、蚊帳の天井に
とまっているのを発見しました。夕べは頼りなかった青く透けて弱弱しかった羽は、
黒々としたたくましい羽に変わっていました。
沢で採ってきた蛍は、夜にはあんなに輝いていたのに、もう死んでいました。

山道が頂上に伸びる度に飯場が移動していきました。
魚売りの女達は、その飯場まで毎日魚を運びあげるのでした。
高いところほど、魚の値段が安くなる暗黙の了解の恩恵を受けなくなった
さなの家では、今までより高くなった値段で魚を買うようになりました。

「今日あがった、新鮮な魚はいらんかーい。」
海の女達の、潮に鍛えられた、しわがれてもよく通る声が山に向かう
新しい道から聞こえて来ます。天秤棒で担ぐ魚箱の数は4段に増えていました。
魚箱から滴り落ちるしずくの水溜りに、つがいになったとんぼが、
卵を産みつけています。
江田島湾には、青い海に白い筆で引いたような航跡が
延びて、やがて海に溶けていました。

昭和15年もうだるような暑い夏でした。
朝夕の風の止まる頃、どこの屋根下も、淀んだ空気が動きません。
軒にかかったくもの巣だけが揺れています。黄色い尻をした蜘蛛が、
網にかかった獲物に近づいていきます。
残った力でもがく獲物を尻から出す糸でたくみにくるんでいます。
さなは、母の作る分葱の入った味噌汁の
匂いで、いつものように目が覚めました。

さなは、高等小学校に行くか、広島県立広島高等女学校(さなが入学する
昭和16年に広島県立広島第一高等女学校に改称。通称第一県女)に
行くか迷っていました。光男が唯一の楽しみにしている酒を飲みながら
考え事をしていました。光男は、村では誰一人行かせたことのない
第一県女に、さなを行かせるのをためらっていました。

道が伸びたことに合わせ、伊藤はそれまでの海に近い宿屋から登口の
離れを宿舎として使うようになっていました。
さな達姉妹も一緒に食事をするようになりました。
さなには5つ違いの背の高いすらりとした器量よしの姉がいました。
中村の高等小学校を卒業し、高田村の役場に勤めていました。
伊藤は、東京出身でさなの家に寄宿する頃には、島なまりの言葉も
理解できるようになっていました。裸電球のもと、夜な夜な繰り返される
光男とさなの話し合いが続きます。

「われは、なして県女に行きたいんじゃ。」
「うちは、女先生になりたいんよ。」
「島じゃったら、高等小学校を出ても、なんぼでもなれるど。」

 島影に沈む夕日 

伊藤が、ある晩こんなことを光男に話したことで、
あっさりさなの第一県女行きは決定しました。
「光男さん、今からの世の中は、女も学問をつけて仕事を持ち、
政治に参加するようにならなければならないのです。」
と光男に話しました。
女が政治に首を突っ込むなんて聞いたこともない。
光男は面食らったものでした。伊藤は、アメリカやヨーロッパの例を出し、
光男にわかりやすく説明しました。石工の光男には到底理解できる事柄では
ありませんでした。しかし、その頃には、伊藤の仕事のやり方に絶大の
信頼を寄せていた光男は、こともなく同意しました。

(つづく)

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さなさんー5

2014-12-17 06:26:55 | 短編小説

第五話 石積み

(昭和15年夏)
「わしらでも、役にたてるんかいの。」
さなの下の家の爺さんが、頬かむりをして杖をついています。
田植えを終えた村の者達は、20班まで増員されておりました。
中には、女、年寄り、かたわ者までも含まれていました。

「順番に並んでつかあさい。入る組を言うけえの。ええかいの。」
村役場の人が、集まった老若男女を、それぞれ配属する班に忙しげに
振り分けています。
伊藤は、一瞬でその人の能力を見抜き、誰一人遊ばせることなく
使うのです。かたわ者には縄を編ませ、石を運ぶ竹篭を作らせました。
年寄りには曲がり道や狭い場所に立たせ行きかう第八車と馬の交通整理をさせています。
女は炊き出しの他、男達の補助要員として使っています。

「きゃあ。助べじゃねえ。」
女が混ざることで、どの持ち場も笑いが絶えません。
伊藤は、不思議な力を発揮しています。働く誰からも文句不平が
出ないのです。
島の人々は、伊藤が指示を出すのを待つような節さえありました。

桟橋拡張工事の後、光男達は、沢伝いの道つくりに精を出して
いました。隙間を埋めるように次から次に草が伸びていきます。
大人の背の高さほど伸びた青いススキを刈り、木々を倒し手際よく
運び出されていきます。光男たちが長年築いてきた段々畑を作る工法の
驚くほどの手際よさと正確さを見て、伊藤は光男に相談を持ちかけて
いました。
「その石積みの工法で山道を作ってくれませんか。」
「曲がりのところは、土が流れんように木を敷かにゃいけんの。」
と光男は、まんざらでもない顔で答えます。
伊藤は、山道を段々畑と同じように階段状に作ろうとしたのでした。
段々畑が、測量図どおりに曲がりくねりながら、整然と階段状に
並べられていきます。段々畑には、緩い勾配がつけられていました。
光男は石を見て選び、石の癖を活かし次から次に乗せていきます。
積み上げる時に、石の強さの方向を見極め、弱い部分に補助の石を
合わせます。打ち下ろすハンマーの力加減で、石をわずかに削り、
石通しの当たり加減を調整します。
手際よく積み上げられた表面の石の裏には、栗石がつかれて
隙間を埋めていき、土が満遍なく表面の石を支えるようにします。
この辺りの島で、永年に渡って引き継がれてきた石積みの工法です。


 よっしゃ
その効果はすぐに現れました。9月に西日本で100人以上の死者を出した
台風がやってきても、急ごしらえで未完成の段々畑の土砂は、
豪雨によって流れ出すことがなかったのです。
雨は、昔からある沢に集まり、滝のように流れて行きました。
伊藤と光男は、段々畑の道を毎日のように見に行きました。

「この段々畑の道は、びくともしなかった。光男さん見事です。」
と伊藤は、寡黙な光男を、興奮気味にたたえるのでした。

(つづく)
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さなさんー4

2014-12-15 17:18:18 | 短編小説
 かわいな 

第四話 石採り

「今日は、かわいなに行ってみようや。」
学校からかえってきたさな達は、いつもの遊びをせずに石を採っている沢に出かけました。
工事の邪魔をしないように、遠巻きに工事の成り行きを見守る場所に陣取っていました。
沢沿いで掘り出される石の陰から現れる大きな蟹を追いかけたり、
沢沿いの泥田から迷い出てくるけらを捕まえたりしました。
毎日、自然が大きく変わるのが楽しみでたまらないのです。

「今日もようけ取れたでえ。」
さなは、木の樽の中を見ながら高志たちに報告しました。
さなは一年に一度ある祭りを見るようなわくわくした気持でした。
島中が、沸いたように活気に溢れているのです。

一日の作業が終わると、真っ黒に日焼けした男達は、車座になって、
どぶろくを飲み始めるのでした。
どぶろくは、島に連れて来られていつしか住み始めた朝鮮の人達が
今では堂々と造っていました。

「海軍さんご用達の酒がきたよ。今日のは特別吟醸よ。」
金さんは、言葉とは大違いの若い酒も出さざるを得ないほど繁盛するのを
喜んでいました。子供達が集めた魚や貝は格好の肴になりました。
どの子もつぎを当てたズボンを穿き、てかてかになった袖口の服をきていました。
人々が車座に座る輪の中心に、石油ランプが吊られています。
ほやの中の火は、時折吹く浜風にゆれています。手元を照らす手作りの灯りが、
男達の顔を赤々と揺らしていました。
子供達が、冬に作る隠れ家用に、墓場で集めた半端なろうそくの塊でした。
お盆の後の墓場には、燃え残った竹灯篭がぽつんと立っています。
その灯篭のなかの燃え残りの曲がったろうそくを子供たちが集めるのでした。


 どぶろく 

女達を、聞くに堪えない言葉でからかっている酔っ払いの男達が、さなは嫌いでした。

「あんたは、おかあちゃんのけつだけ触っとりんさい。」
女達は、負けずに応酬していました。さなは、密かに女たちを応援するのでした。
伊藤はにこにこしながら黙々と飲んでいました。
さなは手伝うふりをして、そんな伊藤を盗み見していました。

さなたちは、れんげが咲く頃には、たんぼで遊びます。
男の子達に混じり、取っ組み合いにも果敢に入っていくさなは、
同級生の男の子達の誰にも負けませんでした。

「あんたが、つかむけんいけんのんよ。」
むしろ、大いに泣かせました。
悪童達の親も女の子に泣かされたとあっては、文句も言えませんでした。

「こりゃ、きいきいどんどんど、せりと間違えたらいけんでえ。」
と言いながら、信ちゃんはさなに説明をしています。

子供達は、喉が渇くとせせらぎに生えているみずみずしい、
ちょっと酸っぱいかっぽんをかじり、
お腹がすくと、綿毛の出た草を食べるのでした。

狭い島には空き地はなく、季節によって遊び場所は移っていくのでした。

竹子ちゃんと一緒に作るれんげの首飾りが、さなの唯一女の子らしい
仕草でした。子供達は勢い余って怪我をしても、擦り傷程度のけがは
蓬をもんで擦り付ければ治るのでした。

「これでなおるけえの。おやにいうんじゃないど。」
高志は、いささか無茶をしたことを反省しているのでした。

(つづく)

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さなさんー3

2014-12-15 00:48:07 | 短編小説
 さなさん

第三話 桟橋拡張

「初めの仕事は、桟橋の拡張からかかります。」
伊藤は、工事の手順を丁寧に説明しました。
工事に必要な機材や資材を船で運ぶため、最初の仕事は桟橋の
拡張工事と、海軍の船のきっすいより深く、海底を掘ることでした。

村長は、工事に必要な人数を集めるよう部落長に指示しました。
最後に伊藤から、工事に関する注意事項が語られました。
この工事のことは、他言無用ときつく約束させられたのでした。
若さに似合わず、伊藤の説明は、部屋にいる一同を妙に納得させるものがありました。
花冷えの頃だというのに、伊藤の説明の間、部屋の中には熱気がこもっていました。
光男は、村にはいないタイプのこの伊藤に最初から信頼を寄せる何かを感じました。
皆は、無言で帰って行きました。

苗床つくり、田植えの合間をぬって、工事要員は各部落から順番に送り
出されてきました。漁師たちも例外ではありませんでした。
役場で説明があった翌日から工事は始まりました。
集まった工事要員の50名ばかりを、5人ずつの班、10班に分けました。
班の名前はなぜかアルファベットでした。干潮時には、桟橋までの波止め
拡張工事に8班が動員されました。
海軍が調達したポンプ式しゅんせつ船で海底の泥が掘られ、太い鋼鉄で
できた金網の上で、泥と海水に分離されます。残った泥は、二人でかつぐ
もっこで陸揚げされます。その泥は、少し離れた干潟まで馬が運びます。


  魚とり

子供達は、急に始まったこの工事を見るのが楽しくてたまりませんでした。
むしろ興奮気味でした。
「こっちに、なんかおるど。さな、浅いほうへ追い込むけんの。」
ガキ大将の高志が、みんなに指示を出しています。
ある時は、泥と一緒に吸い上げられた小魚が、浅瀬に迷い込んで逃げ場を失います。
そんな小魚を追い込み、子供達は網ですくい、また手づかみで取ります。
掘り出されてくる泥に混じって現れるとり貝やおう貝を夢中になって拾い集めるのでした。

 
 魚はどこ


さなは光男と一緒に作業を手伝っている伊藤に恥ずかしげに大きな貝を
渡しました。数日前にとった砂抜きの貝でした。
「ほう、こりゃ立派な貝ですね。」
伊藤は初めて聞く島なまりのない言葉で礼を言いました。
さなはその太い若々しい声にどきどきしました。

光男達石工は、深堀をした海に浮かぶ桟橋をめがけて、波止めの拡張作業をしていました。
波止めの拡張に使われた石は、すべて山の沢沿いから運び出されました。
どこにある石を運び出すか、伊藤は的確に指示を出し、
馬を使って桟橋まで運ばせました。
島の狭い道は、往復する馬と大八車と人で海に零れ落ちんばかりでした。
梅雨前には、新しい頑丈な桟橋が完成しました。
もう、板を渡って定期船に乗り込む必要はありません。
海軍が調達した船が頻繁に入るようになりました。
海軍の船は、規則正しい静かなエンジン音を出す最新式の鋼鉄製の船でした。

(つづく)
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