絵のタイトルは、「洗い清めて」です。
国分寺跡に流れる湧水に青菜がさらされていた。
どうして描こうと思ったのかは、自分にしかわからない。
今日のタイトルは、「「だから荒野」を読了」です。
人には、清らかな部分がある。
しかし、誰(世間)に話しても信じてもらえないことが多い。
作者、桐野夏生は猛々しい。
この作家と出会ったのは、昨年であった。
私は、女性作家の小説は読まない傾向にあった。
若い人たちの歌を聞かないのと同じような理由であったと思う。
「直木賞」、「芥川賞」や「本屋大賞」を受賞した本が一目でわかる。
私が通う図書館が、そんな工夫をしていた。
自由気ままな時間ができた。
本気で学ぶ時間ともいえる。
外国人の作家が書いた翻訳小説も読まなかった。
ひたすら、目先の自分を肥やす(癒す)物ばかりを追いかけた。
暮らすことに精一杯の日々を思い起こす良いきっかけとなった。
2週間の貸し出し期限のなかで、頭の体操ができている。
川を掃除したり、他人の耕作放棄地の雑木伐りや草刈りが楽しい。
こうだったら良いなという妻の希望を叶えるために、畑を鋤くのも楽しい。
身体が動かなくなった友人を少しだけ助けるのも楽しい。
若いしで遊んどるのは我だけじゃと、同級生の散髪屋に言われた。
心に引っ掛かっていることが誰にもある。
苦悩を人に話しても理解してはもらえない。
私より少し先輩の桐野夏生さんが書く小説に、考えさせられる。
若い人たちが書く小説にも驚かされる。
海外の作家も素晴らしい。
どうして目をつむっていたかなんて、考えないことにした。
生きていることが、自分の選ぶ道です。
険し(楽し)かろうが、正直に生きている。
毎晩見る夢で後悔し、現実で補う暮らしです。
しばらく、桐野夏生さんに心酔することにした。
2024年1月27日
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