死ぬ前に描いたものですから、家族のひんしゅくを買いました。
飼い犬ジンは、家族のランク付けができていました。
ところが、孫娘の成長についていけず、リードをひかれるようになって戸惑っていました。
年賀状の返信を昨日済ませた。
送る人にあわせて、添付する風景画をアレンジした。
妻の返信ハガキと合わせて、郵便局でポストに投函した。
今日のテーマは、「妻に代わって」です。
妻が風邪をひいた。
私になにができるだろうか。
体温を計ろうにも、体温計は電池切れだった。
風邪薬も買ってきて欲しいと頼まれた。
体温計の電池を調べ、風邪の症状を聞きドラッグストアーへ行く。
広い店内のどこに何が売っているのかさえ検討がつかない。
風邪の初期症状を緩和するドリンクタイプの薬を買う。
何日か続くとしたらと考え、5日分の錠剤を買う。
お腹に入るものと、妻が好きなお菓子を買う。
これで一時間を要した。
ブログも書けない状態で、鬱々とした日を過ごしている。
かみさんが亡くなった時のことを思い出した。
葬式を済ませてもやることが多かった。保険証書の場所は、そしてどこへ連絡をする。
水光熱費の支払いは、どうする。通帳はどこに保管している。
困ったのは、家族とのコミュニケーションであった。すべてかみさんを通して話していたから。
なにもできない長い一日が、数か月続いた。
今も感じる。
数年、妻と暮らしている。
妻が病気になったら、私は何ができるか考えている。
掃除、炊事、洗濯、各種支払いはできるだろう。
料理も聞きながらなら、できるだろう。
自分の身の周りのことだって妻に頼っている。
妻に代わって何ができるか。さらに、妻の介護も加わるのである。
妻の代わりに、カフェでの接客や近所付き合いもしなければならない。
主婦は、スーパーに行って食材の研究をしている。安売りの食材だけを見ているわけではない。
カフェで出すメニューに必要な食材を買いに来ている。
目的外の食材を見て、即時メニューが変更になる。
私はそばにいて、驚くばかりでイライラもした。
車で待っている男の人の気持ちが分かる。
この頃は、妻の選択(変更も)を見るようにしている。
どうしてそうなるのか分かる気がする。料理のアレンジを見直しているのである。
風呂も沸かせない。炊飯器のスイッチも入れられない。電子レンジで温めることもできない。
どこに何が収納されているのか、知る由もない。通帳もハンコの置き場所も知らない。
近所づきあいも、息子の嫁とも会話ができない。
こんな男の話を聞いたことがある。
介護以前の問題である。
女だって同様のことがいえる。
旦那が病気になると、収入が減るか無くなる。
離婚の時は、覚悟の上だから事前準備はするだろう。
さて、困った。
時が解決するとは言うものの、きっと鬱になるような恐怖がある。
妻に代わってできるものは限られている。ほとんどできないとも言ってよい。
問題は、やる気になれるかである。それだけの愛情を持っているか問われるのである。
息子は、私のことであればさっさと施設に入れると思う。
片方が風邪をひいたら、残った方は風邪などひいてられないのである。
風邪をひいた方が治ってから、自分もひいてよいのかなと数日休暇代わりに寝るのである。
どちらかが先である。
残ったものは、辛いことだろう。
女の人は、たががとれたように活き活きするとも聞いた。
生活全般ができる女性の方が強いのである。
心配事が一つ減ったとでも言いそうな気がする。
どちらにしろ、何でも話せる人が一人減るのであるから寂しいことではある。
しかし、すぐにとはいかない。長い闘病生活が待っている。
私は耐えられるか心配である。
一気に行くことはないだろうから、徐々に練習の真似事期間があると信じている。
妻のどこにほくろがあったのか見ていないし、関心がない。
これではいけない。変化に気づくよう妻の似顔絵を描くとするか。
妻の絵に 俺しか知らぬ 怒るなよ
2020年1月8日