あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

鰯雲飛行機抜けた嘘ではない   あきオジ

2010-10-01 18:22:57 | 日記
それはそれ、昭和記念公園もすっかり秋です。
小学生がいっぱい来ていました。

先生も大変だ。
子供指導よりも子供のような発育不全の両親をしつけるのが大変でしょう。
見当がつきますね。

といっても先生も同じか。

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青空ちらと見せ暮るるとか 放哉

何か求むる心海へ放つ  放哉

(こんな句になると解説が欲しくなりますね。でも解説が必要な句は、完成度が低く古典的知識がないと理解できないのは、読者の問題であり、作者の問題であり、形式の問題なのですね。何よりも、もう、俳句は時代の重さを支えられないのです。饒舌な時代なのです。ですから、歌謡曲もどんどん歌詞が長くなり、繰り返しが多くなるのです。それが時代の受け皿になっているのですね。私はそんなことを考えるのです。)

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蝶がゆく山が見える川むこう  あきオジ

2010-10-01 17:59:41 | 日記
蝶は落ち着きなく動き回り
養分を吸い取っている。
蝶はあの川を渡れるのだろうか
越えるつもりがあるのだろうか。
そんなことを思いながら
そんなことを題材にした句があったのではないかと
思い出して見たが何も出てこない。

遥かなる丹沢を越える蝶があり  あきオジ

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まこと彼岸入の彼岸花  山頭火

彼岸花は曼殊沙華、死人花、捨子花、狐花、天涯花ともいう。天涯孤独なわたしの花だ。(昭和8年)

(山頭火や放哉は物知りだし、常識的知識もありそうですが、日常的な庶民の常識とは違ったというか、知っていながら、無視してしまう。というより、とことん「甘い人」だということが分かります。それが詩人の資質なのかもしれませんが、ずい分、彼らの言動に傷ついたでしょうね。そんな気がします。これで優しくて謙虚な人だったら、良寛さんのような句しか作れなかったでしょうね。世の中、バランス良くできているものですね。)

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万葉集を読んでいて不思議に思うのは、彼岸花がほとんど出てこない。その理由です。また、子の誕生を祝う歌がないことです。それなりの理由があるのでしょうが、まだ、その理由を明らかにした解説に出会ったことがありません。どなたか知らないでしょうか。どうでもいいと思いながら、最近、引っかかっています。そんなことを追いかけるだけでも万葉集は面白いでしょうが、そこまで興味がひろがるところまで読んでいません。

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巾着田一茶の秋になりにけり  あきオジ

2010-10-01 17:43:48 | 日記
俳句って叙述することではない
そう思っても、説明がつかない表現では十分ではない。
そんなことを思うのです。
でも、それって俳句的文法になれないと難しいですね。
まあ、いいか。
これまでだって、中途半端だったし
これからだって同じなのだから・・・

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寒き夜の銭湯遠き場末哉  子規

筆ちびてかすれし冬の日記哉 子規

(この辺りの句になると、近づいてきたなという感想になります。やはり、芭蕉や一茶は時代感覚にも距離がありますが、子規になると近代を吸収している分だけ、私たちに近い発想法と感性になっているような気がします。)

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常識や多数派の代表選手ほど
怖い人はない。

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彼岸花の赤い川でも子は遊ぶ  あきオジ

2010-10-01 17:17:41 | 日記
昭和記念公園のコスモスも時期を待っています。
もう、その時期はそこまで来ています。
私たちも待つ楽しみをもっています。

西行が吉野の山のさくらはまだか
あの霞は櫻ではないかと気が気ではない。
そんな思いと重なりますね。

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秋風の一もくさんに来る家(や)哉  一茶

そぼてんにどうだと下る糸瓜(へちま)哉  一茶

(芭蕉が俳句的世界を刈り取ってしまったので、その後の俳人は、個性を創り出すことは大変だったでしょうね。季語の作り方、扱いかただけでなく表現方法など、大変だったでしょうね。大げさな比較ですが、ベートウベンの亡きあと、交響曲を書くのが大変だったというエピソードがあります。ブラームスは交響曲1番を書くのに20年かかったという例もあります。一茶の表現する世界も同じだったのでしょう。芭蕉を踏襲すれば、それらしい能力をもっていたでしょうが、そうなると二番手に評価されても、芭蕉が頭についてしまいます。
そんな中で、自分の世界を見いだすことは大変だったと思いますね。今でも、芭蕉を物差しにして一茶を語る人が多いですからね>)

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どんなことでも初めに発見した人は
悶え苦しむのでしょうが
一度形式的に成り立つと
「そんなこと誰でも気づくのさ」と言われるものです。
まさにコロンブスの卵ですね。

現代俳句に地方の言葉を取り込んで独特のイントネーションを生みだした人
そんな人もいるかもしれません。
話言葉をそのままに表現する人もいるでしょうね。
そんなの面白そうです。
放哉、山頭火のような社会人失格というような句も面白いですが
まだまだ可能性はありそうです。

でも、私たちに届いてくるのは旧態依然とした句ばかりですね。

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コスモスを揺らした風も森をぬけ  あきオジ  

2010-10-01 17:15:18 | 日記
昭和記念公園の花々
素朴で単純な花こそ花の中の花
そう思えるのはなぜでしょうか。

年をとると季節を感じない花には心が向かないのですね。
その時期でなければ咲かない花

そして「儚さ」が入っていないと十分ではないのです。
外の人はどのように考えているかしりませんが
私はそんなことを思うのです。

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名月や門にさし来る潮がしら  芭蕉

(大潮になり、芭蕉庵の軒先まで水が迫ってきたのでしょう。劇的な絵柄が面白いですね。静的な月と潮の動き、時間と共に変化する面白さなど、素人ながら「さすがの芭蕉」と言いたくなりますね。これが俳句の世界なのでしょうかね。なるほど。)

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雁啼くやひとつ机に兄いもと  安住敦

(これ分かる人、戦後の生活を体験した人ですね。このほろ苦い思い出は、同時に兄弟を強く意識し、具体的な経験として共有できましたね。それはそれで、いい思い出です。)

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願いごとそれも秋か高い空  あきオジ

2010-10-01 07:33:40 | 日記
湯島聖堂の絵馬
こんな風習がまだあるのですね。
それにしても親も子も厚かましい。
でも、おおらかに
いらいらせずに
それが大人の楽しみ方。

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命なりわづかの笠の下涼み  芭蕉

秋の風伊勢の墓原猶すごし  芭蕉

(この句がいいか、どうかなど、分かりません。どこかで「はっ」と気づくときもあるでしょう。それまでは、「おあずけ」です。分かったふりなどしてもしかたがない。とりあえず、そんなことで、アップします。)

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同じことを、続けることが「何かを生む」ことにつながる。
最近、思うこと。

きっと、退屈し、変化が見えない時が飛躍のチャンスなのですね。


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彼岸花しなやかに揺れ風を知る    あきオジ

2010-10-01 05:30:13 | 日記
どうしようもないわたしが歩いている  山頭火

いったい、自分は何のために生まれてきたのであろうか。何をしようとしえいるのか。人の情けだけにすがりきって、毎日を暮らしていく自分。そんなわたしがなさけなくなりながら、でも、どうしようもなく、今日も歩いていく。ただひとつ。歩くこと。ひたすら歩くこと。それだけに集中している。これからも、とぼとぼ、ぶつぶつ、歩き続けるだろう。きっと、動くことができなくなるまで、旅を続ける。  昭和5年

(このように自分を表現した人は少ないだろうと思います。俳句を語りあり、楽しく過ごし、その日はその人の家に泊るつもりだったのに、追い出された。そして、金もないので、駅の待合い室で寝た。そんな日記もあります。他人の好意を引き出しながら、その好意にのる。これは酒飲み特有の世界なのでしょう。社会的常識のある人の生真面目な俳句など読みたくないのですから、俳句も非日常的なところまで飛び出すか、日常を笑い飛ばすしか、居場所がないのかもしれませんね。ご苦労様です。)

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明日、また巾着田に出かけます。
そんな軽快さはいつまで続くのでしょうか。

動けるうちにいっぱい動き
集める時期にいっぱい集め
動けなくなったら、それを楽しむ。

それが小さな老後の準備

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送られて一人行くなり秋の風  子規

すごすごと月さし上る野分哉  子規

(子規の残した業績はいっぱいあるようですが、そのありがたさがよく分かりません。それと子規の句は、「上手に作っているな」という感想はありますが、子規を感じることはありません。若いこともあるかもしれませんが、不器用だからできること。それがないのですね。何でも上手に俳句にしてしまっている。そんな気がするのですね。どうなのでしょうか。とりあえず、読んでいます。)

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いくつかの俳句の本を持っています。何となく集まってしまったのです。開くことがないのですが、欲しいのですね。開く頻度が高いのは一茶、山頭火ですね。二人の句集や解説書は最近、興味を持って読んでいます。芭蕉、子規などはあまり開きません。芭蕉は「ごちそうさま」と思われるほど、同じようなほめことばで埋め尽くされています。そんなものは面白くない。蕪村の解説書は、あれこれいっぱい書いてあるので、あまり読みません。面倒だし背門的過ぎます。私の能力や体力はウルトラマンと同じで、すぐにエネルギーが切れてしまうので、短く平明な解説書がよいのです。そんなことで、どのような展開になるのでしょうか。

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絵も描きたいのですが、表現のスタイルが決まりません。まあ、その気になったときが描き始める時です。

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