あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

大晦日だから何だと雪がふる  あきオジ

2011-12-30 04:54:10 | 日記
皇居前の休憩所に映る丸の内です。
ここに映るビルで仕事をしている人
それでいいのでしょうかね。
もっとふざけた間抜けな生活してみませんか
などと余計なことを言いたくなります。

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朝がきれいで鈴を振るお遍路さん  放哉

入れものが無い両手で受ける  放哉

(この句が放哉の頂点の句なのかもしれません。でも、ちょっと突出した感じがします。表現も圧倒的ですね。湧いてきたような句ですね。)

咳をしても一人  放哉

いっぱいの水をいただく  放哉

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きっと、学者になったら、鑑賞の仕方も違ってくるのでしょうね。

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やがてくるその日のために文字を書く  あきオジ

人もなき噴水広場の影もゆれ  あきオジ

2011-12-30 04:38:26 | 日記
皇居前の噴水広場です。
人も疎らな場所を歩くのも楽しいですね。
東京駅下車
丸の内口から歩いて10分たらず
パレスホテルの傍です。
一休みする穴場です。

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客僧の二階下り来る野分哉  蕪村

(こんな短い言葉で物語まで想起させるのですから、俳句の力はすごいですね。お気に入りの句の一つです。)

稲妻にこぼるる音や竹の露  蕪村

寒月の衆徒の群議の過て後  蕪村

ゆく年の瀬田を廻るや金飛脚  蕪村

(時代はどうか分かりませんが「剣客商売」が描く世界と重なって風景が見えてきますね。きっと、関西の人は蕪村に景色を感じるのでしょうね。)

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好きな句に出会い、その数を少しずつ増やしていくうちに全体が突然見えて来る。そんなことを楽しみにしています。




閉門の文字素っけなき冬休み   あきオジ

2011-12-30 04:25:09 | 日記
皇居の冬です。

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雪ちるや穂屋の薄の刈残し  芭蕉

庭はきて雪をわするるははきかな  芭蕉

いざ子ども走りありかむ玉霰  芭蕉

(芭蕉の句の切り口の鋭さ、見えて来る景色など、素人が読んでも見えてきますね。)

石山の石にたばしるあられ哉   芭蕉

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素人があれこれ巡り巡って芭蕉に戻ると云うのも面白いですね。逆にいうと、俳句は芭蕉、蕪村そして、その周辺の俳人で世界は広がってしまい、現代作家がその枠の中で苦労しても時代をえぐることは難しい。そんな気がします。スタイルを破壊しない限り新しい表現は生まれませんね。

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誰かいる安心もあり冬の森  あきオジ

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悪党もほどほどなれど雪をうけ  あきオジ

2011-12-29 06:51:51 | 日記
神代植物公園です。

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ふたたびここに草もしべるまま  山頭火

わたしひとりの音させてゐる  山頭火

つくつくぼうし鳴いてつくるくぼうし  山頭火

こころ落ちつけば水の音  山頭火

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あれこれを言葉に託す冬長し  あきオジ

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自分の俳句(?)は、作りっぱなしで読みかえすことはほとんどありません。
ですから、何かの機会に読むようなことがあると、自分が作ったとは思えません。
大多数が文法的に不都合があります。きっと、俳句の作法とは無縁なのでしょう。
まあ、それでも、楽しめればそれでいいと思っています。

気楽に適当な寛容さをもってお読みください。




ふらつきし足元なれど冬をゆく  あきオジ

2011-12-29 06:14:12 | 日記
神代植物公園です。

最近の楽しみは、「座頭市シリーズ」を録画しておいて見ること
そして、落語を繰り返し聴くこと
それだけで年寄りにはけっこう忙しいものです。

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見る人もなき噴水に冬がくる  あきオジ

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ゆく春や逡巡として遅ざくら  蕪村

骨拾ふ人にしたしき菫かな  蕪村

長き夜や通夜の連歌のこぼれ月  蕪村

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どうにでもなれど春はくるものぞ  あきオジ

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座頭市津軽じょんから雪の中  あきオジ

2011-12-29 06:05:57 | 日記
神代植物公園です。
人もいませんね。

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初雪やいつ大仏の柱立て  芭蕉

初雪や聖小僧の笈の色  芭蕉

馬をさへながむる雪の朝哉  芭蕉

いざ行む雪見にころぶ所まで  芭蕉

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それはそれ雪にうもれる隠しごと  あきオジ

やれやれと座り込んだり雪積もる  あきオジ

(冬になると盛岡や青森で過ごした日々が思い出されます。懐かしいですね。)