永田夫妻の自宅は昭和に乱開発された住宅地の一角にあり、大通りから奥まった所にあった。道は大変狭く車を止めてドアを開けると、それがブロックの壁に当たるような狭さだった。
家には軽乗用車を駐める程度の駐車スペースがあったが、最近そこに車を駐めた気配はなかった。そして、家やブロック塀に据え付けられた真新しい手摺が、住人の体の不自由を主張しているようだった。
僕は磨りガラスに格子が入った引き戸の前に立つと呼び鈴を押した。返事は聞こえなかったのだが、引戸の向こうには明らかに人の気配を感じた。もう一度呼鈴を押して三原事務所から来た者だと告げると、すぐに返事が帰ってきてガチャガチャと忙しそうな鍵を外す音が鳴って引戸が開けられたのだった。
目の前にオモチャのように小さいおバァちゃんとおジィさんが現れた。二人は迎えが今か今かとと玄関前で息を潜めて待っていたのであった。おジィさんは玄関に腰を下ろしていたが、既に靴を履いていた。おバァちゃんはファーの付いた白いダウンのコートに黒の帽子を被り精一杯のおめかし姿だった。
おジィさんは一人で立ち上がることが困難だった。待っていた時間が長かったせいかもしれない。僕は介護の経験はなかったが、とにかく、このおジィさんを立たせなければならなかった。玄関から道路まではすぐなのだが、段差は数カ所あり、このおジィさんを抱えながらの数mが途方もない距離に思えたのだった。
おジィさんは片方の手でしっかり僕の腕を掴み、もう一方は杖で自身の体を支えた。その全くおぼつかない足取りで体をゆっくり前に進めながら、そのおジィさんはしゃがれ声で念仏のように言うのだった。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、、、」
おジィさんを車に乗せるクライマックスの瞬間も「ありがとうございます」だった。車に乗ったあともそれはしばらく続いていた。
しばらくすると、そのおジィさんに代わって、おめかしおバァちゃんがおジィさんの体の具合を説明するのだった。車を進めると、おバァちゃんは路地の抜け方を教えながらご近所さんの話や、ここは散歩道だの、ここがリハビリの病院だの、ここがグランドゴルフの広場だの、ここが郵便局だのを一生懸命説明してくれるのだった。
僕はこの路地に入ってきた当初、無造作に開発されたその入り組んだ住宅地について毒づいたのだが、おバァちゃんの話を聞いているうちに、この何の変哲もない町がこの老夫妻にとっては大事な「ふるさと」であることに思い至ったのだった。
そして、主人がどうしても三原候補に投票したいというのだが、このような状態で途方に暮れていたところに、わざわざ来て頂いてありがとうございますと感謝するのであった。
突然、おジィさんが思い出したように言った。
「誰だったかね?、誰だったかね?」
おバァちゃんが言った。
「ミハラさん!、ミ、ハ、ラさん!」
「そうだった、三原さんだった、、三原さん、三原さんはイイ人だもんなぁ〜、そうそう、三原さん、三原さん、、、」
そして、しばらく念仏のように「三原さん」を続けるのだった。
また、突然、おジィさんが言った。
「何だったかね?何だったかね?」
おバァちゃんが言った。
「民自党!ミン、ジィ、トーでしょ!」
「そうだった。民自党、民自党、民自党、、、」
吉本新喜劇も顔負けの真剣なボケとツッコミに、僕は安全第一の運転を心がけたのだった。
続く、、、
家には軽乗用車を駐める程度の駐車スペースがあったが、最近そこに車を駐めた気配はなかった。そして、家やブロック塀に据え付けられた真新しい手摺が、住人の体の不自由を主張しているようだった。
僕は磨りガラスに格子が入った引き戸の前に立つと呼び鈴を押した。返事は聞こえなかったのだが、引戸の向こうには明らかに人の気配を感じた。もう一度呼鈴を押して三原事務所から来た者だと告げると、すぐに返事が帰ってきてガチャガチャと忙しそうな鍵を外す音が鳴って引戸が開けられたのだった。
目の前にオモチャのように小さいおバァちゃんとおジィさんが現れた。二人は迎えが今か今かとと玄関前で息を潜めて待っていたのであった。おジィさんは玄関に腰を下ろしていたが、既に靴を履いていた。おバァちゃんはファーの付いた白いダウンのコートに黒の帽子を被り精一杯のおめかし姿だった。
おジィさんは一人で立ち上がることが困難だった。待っていた時間が長かったせいかもしれない。僕は介護の経験はなかったが、とにかく、このおジィさんを立たせなければならなかった。玄関から道路まではすぐなのだが、段差は数カ所あり、このおジィさんを抱えながらの数mが途方もない距離に思えたのだった。
おジィさんは片方の手でしっかり僕の腕を掴み、もう一方は杖で自身の体を支えた。その全くおぼつかない足取りで体をゆっくり前に進めながら、そのおジィさんはしゃがれ声で念仏のように言うのだった。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、、、」
おジィさんを車に乗せるクライマックスの瞬間も「ありがとうございます」だった。車に乗ったあともそれはしばらく続いていた。
しばらくすると、そのおジィさんに代わって、おめかしおバァちゃんがおジィさんの体の具合を説明するのだった。車を進めると、おバァちゃんは路地の抜け方を教えながらご近所さんの話や、ここは散歩道だの、ここがリハビリの病院だの、ここがグランドゴルフの広場だの、ここが郵便局だのを一生懸命説明してくれるのだった。
僕はこの路地に入ってきた当初、無造作に開発されたその入り組んだ住宅地について毒づいたのだが、おバァちゃんの話を聞いているうちに、この何の変哲もない町がこの老夫妻にとっては大事な「ふるさと」であることに思い至ったのだった。
そして、主人がどうしても三原候補に投票したいというのだが、このような状態で途方に暮れていたところに、わざわざ来て頂いてありがとうございますと感謝するのであった。
突然、おジィさんが思い出したように言った。
「誰だったかね?、誰だったかね?」
おバァちゃんが言った。
「ミハラさん!、ミ、ハ、ラさん!」
「そうだった、三原さんだった、、三原さん、三原さんはイイ人だもんなぁ〜、そうそう、三原さん、三原さん、、、」
そして、しばらく念仏のように「三原さん」を続けるのだった。
また、突然、おジィさんが言った。
「何だったかね?何だったかね?」
おバァちゃんが言った。
「民自党!ミン、ジィ、トーでしょ!」
「そうだった。民自党、民自党、民自党、、、」
吉本新喜劇も顔負けの真剣なボケとツッコミに、僕は安全第一の運転を心がけたのだった。
続く、、、