小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

上原彩子&松田華音 ラフマニノフ ピアノ・デュオ・リサイタル(6/7)

2023-06-15 12:13:49 | クラシック音楽
上原彩子さんと松田華音さん、ともにロシアとの絆が深い二人のピアニストによるデュオ・リサイタルをサントリーホールで鑑賞。今年はラフマニノフの生誕150周年でオーケストラもピアノリサイタルもラフマニノフをフィーチャーしたプログラムが多いが、深遠さと彫りのきめ細かさにおいて別次元の趣を呈した演奏会だった。
一部では松田さんが「12の歌 Op.21より第5曲『リラの花』変イ長調」「練習曲集『音の絵』Op.39-6」「楽曲の時Op.16-6」の3曲を独奏し、そのあとに上原さんが加わって『2台のピアノのための組曲 第2番 Op,17』を演奏した。鍵盤に覆いかぶさるようにして念を入れて弾く松田さんの姿には少年の凛々しさを感じ、厳かに身体と楽器を溶け合わせる上原さんには、女王の風格が感じられた。

ラフマニノフは感傷的だという人は多い。亡くなった坂本龍一さんは「アメリカのデコレーションケーキみたい」と語っていた。ラフマニノフはセンティメンタルでも甘いケーキでもない。冷厳で高貴で、黒ダイヤモンドのような貴重な音楽を創り出した。ピアノコンチェルトの2番が映画音楽に使われたからといって、通俗的だとは思わない。映画音楽は凄い価値のあるジャンルだ。ロシアの宗教曲も書き、オペラも書き、交響曲も書いた。チャイコフスキーを尊敬し、プロコフィエフからは嫉妬されていたラフマニノフの曲は、孤高の次元に息づいている。清潔な自我感覚が芯にあり、実際何にも媚びていない。

『2台のピアノのための組曲 第2番』は、とても高い視点から演奏されていた。ドラマティックで、溺れるほど魅惑的な美しい旋律も出てくるが、二人のピアニストは音楽全体を俯瞰するように冷静に曲を進め、複雑なリズムを微塵もズラさずに演奏していた(ラフマニノフにおいて、リズムはとても重要なものだ)。深い深い内観の世界に降りていくピアニストの精神を凝視してしまった。息継ぎがなく、音で埋め尽くされた楽想は、シーケンス・ミュージックを先取りしているようでもある。

後半は上原さんのソロで『13の前奏曲Op,32より第2曲 第6曲 第10曲』、最後に『交響的舞曲(2台のピアノ版)Op.45』が演奏された。瞑想的でシンフォニックで、ピアノという楽器の万能性に改めて衝撃を受けた。上原さんと松田さんの強い指、呼吸感、ソリッドな和声感と魔法のような装飾音に驚愕。『交響的舞曲』はピアノ版でしか認識できない構造の複雑さ、予測不可能な展開を聴いた。熱いようで冷たい。もちろん、ラフマニノフは温かい人柄だった。しかしながら、その芸術の芯にあるものはドライアイスのように触れない。ラフマニノフが引き受けていた霊感は、無数の無念の魂で、木霊に紛れた人の嘆きであり、海や湖の底で響いている嗚咽だ。それが原油のように均質的な何かになり、滔々と流れだしていく。悲劇的なものの本質は、奥に秘められていて、簡単には触れられない。

ラフマニノフがどれだけ「深い」のか、この演奏会がなければ考えることはなかった。アンコールはラフマニノフ:2台のピアノのための組曲第1番「幻想的絵画」Op.5から第3楽章、第4楽章が演奏され、贅沢なリサイタルだった。











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