集中曝涼の二つ目、美和地域の善徳寺へ。
国道から歴史ある宿場町鷲子集落の旧道に入り、さらに細い参道を進むと、
立派な赤松を従えた山門が現れます。
松くい虫の暴威からこの松を守るのは並大抵の苦労ではないはず。
久しぶりの陽光に松が輝いていました。
山門をくぐると境内の樹木の向こうに本堂が見えます。
そんなに広いお庭ではないのに、まるで森の中にいるよう。
このお寺のご本尊は阿弥陀さまです。国長阿弥陀院と同じ。
創建も鎌倉時代で同じころ。善徳寺は那珂市で創建され、その後、鷲子に移転したそうです。
撮影していいと言われたのに恐れ多くて阿弥陀様を直接撮影することができませんでした。
ちいさな阿弥陀様ですが、とても豪華絢爛な宮殿のなかにおわします。
このギャップに違和感を感じてしったのですが、その理由を、
ボランティアの茨城大学の学生さんが解説してくれました。
善徳寺が創建された鎌倉時代から戦国時代は、この地は佐竹氏と那須氏の国境にあって、
血なまぐさい争いの絶えない時代でした。
そのあと、平和な江戸時代になってからは、うってかわって
街道の宿場町としてたいへん栄えたそうです。
豪華絢爛な宮殿は豊かな宿場町であった名残。
なんだか、いろいろ考えさせられます。
歴史を学ぶ楽しみ。
国道から歴史ある宿場町鷲子集落の旧道に入り、さらに細い参道を進むと、
立派な赤松を従えた山門が現れます。
松くい虫の暴威からこの松を守るのは並大抵の苦労ではないはず。
久しぶりの陽光に松が輝いていました。
山門をくぐると境内の樹木の向こうに本堂が見えます。
そんなに広いお庭ではないのに、まるで森の中にいるよう。
このお寺のご本尊は阿弥陀さまです。国長阿弥陀院と同じ。
創建も鎌倉時代で同じころ。善徳寺は那珂市で創建され、その後、鷲子に移転したそうです。
撮影していいと言われたのに恐れ多くて阿弥陀様を直接撮影することができませんでした。
ちいさな阿弥陀様ですが、とても豪華絢爛な宮殿のなかにおわします。
このギャップに違和感を感じてしったのですが、その理由を、
ボランティアの茨城大学の学生さんが解説してくれました。
善徳寺が創建された鎌倉時代から戦国時代は、この地は佐竹氏と那須氏の国境にあって、
血なまぐさい争いの絶えない時代でした。
そのあと、平和な江戸時代になってからは、うってかわって
街道の宿場町としてたいへん栄えたそうです。
豪華絢爛な宮殿は豊かな宿場町であった名残。
なんだか、いろいろ考えさせられます。
歴史を学ぶ楽しみ。