雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

今年の目標はクリアできたか

2014年12月21日 | エッセイ
今年の目標はクリアできたか


 10月24日を最後にほぼ2ヶ月、ブログをアップすることができなかった。
 それなのに毎日覗いたり、読んだりしてくださる方がいることに驚く。ありがたいし、同時に申し訳ない。
 この空白の2ヶ月の間にまた馬齢を一つ重ねて59歳となった。
 来年は6年男で還暦である。その前に気がつくと、平成26年もあと1週間あまりでおしまいだ。
 さて私の今年の目標、1年間しっかり覚えておりますぞ。「整美」。
 中学時代の恩師への年賀状にそのことを書いていたら、返事に(先生の年賀状はいつも元日ではなく年賀状を読んで返事を書いてくださる)「整美はむずかしいぞ」と書いてあった。全く先生のおっしゃる通りで、私は自ら掲げた目標を何ら実行することもなく秋を迎えた。
 整美って小学校か中学校の時にそんな委員会が無かったかな?掃除や教室の棚や道具の整理や校庭の花壇なども担当していた委員会。ま、そこから引用したのだが私の目標にある整美の整は、自分の人生の終盤に差し掛かりいろんなことを整理したいと考えた。部屋の片付けや書類の整理もあるが、仕事上の引き継ぎなどの意味もある。
 美の方は美しく整えるという意味もあるが、絵を描きたいなと思ったからでもある。
 昨年の初冬に私の出身地で実家のある仕事先でもある町の高校の同窓会に出席した際に、先輩から4年前に他界した父がその先輩に私が絵描きを志し、絵を学んでいることを嬉しそうに話していたということを聞いたからだ。
 で、その目標をクリアできたか、という問題だが、美の方はほとんどバツだが、整の方は後半の2ヶ月で頑張ってかなり実行できたのではないかと思っているのである。
 具体的には、私の仕事場の長年たまった書類を仕分けし、ほとんど処分した。いつか必要になるかと思って保存しておいたが、10年、20年とまず一度も見返すこともなく、存在さえ忘れていた書類がほとんどだった。
 次に、私が一人で使わせてもらっている実家の母屋の大掃除をした。風呂、トイレ、洗面所。壁から天井まで拭きあげ、照明器具や換気扇は取り外して埃を取り除いた。便器も日々ブラシで掃除はしているがこれも分解して磨き上げた。
 自宅の方は、家人が日頃から手入れを怠らず、大掃除と言っても私が担当するのは、窓を磨きと換気扇や網戸を洗う程度だ。今年は前から気になっていた木製の門扉のペンキを数日かけてした。さらに作って40年以上は経っているブロック塀が一部コンクリートがボロボロと崩壊している状態だったのでセメントを買ってきて補修をした。これは今も補修中だ。
 南阿蘇村の山小屋にも大掃除に行き、やはり風呂、洗面所、トイレを自宅と同様、徹底的に磨き上げた。
 そう。私は今物を処分したり掃除をすることに突如目覚めたのだ。
 疲れるし、日頃使わぬ筋肉を使ってあちらこちらが筋肉痛ではあるが、ああ、何と心地よいことか。
 できたらこの美しい状態をできるだけ長く維持したいものである。
 不要なものは処分する。どんどん処分する。そして新たな物を買わないことを基本にしたい。
 しかし、あまり慣れないことをすると、あえなく天国に召されるということにもなりかねない。
 だから、整美も少しずつ行うことにしている。(2014.12.24)
 
 
 
 
コメント
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