雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

2013年08月26日 | ポエム


 詩

青空よ
お前がそう美しいので
僕はもう じっとしていられないじゃあないか
心が知らず知らずに踊っている

何処かにでかけようか
何処でもいいんだ
僕に幸せなんて
ずいぶん安くつくんだね
(1974.2.3)
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すなお

2013年08月23日 | ポエム


 すなお


緑の若葉はもう見ない
青い空も見上げない
美しい花も見つめない
そんなことを思うなんて‥‥
かつて誰にでも見せたように
いつまでも素直な心でいたい

ぼくが川であったらいい
いつもすべてを流しさって
青い空を
白い雲を
その水面に映すだろう
緑の若葉を
美しい花を
素直な心で映すだろう

ぼくが川であったら
そしてあなたが
雨であったらいい‥‥
(1974)
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かみなりさま

2013年08月19日 | エッセイ

▲阿蘇にはミソハギの赤紫の花が似合います

 かみなりさま


 母方の祖母は、若くして夫に先立たれ、その人生の前半は、男勝りの道を歩んだようで肝っ玉が座った人だったが、雷だけは苦手としていて、遠くから雷鳴が聞こえるとさっさと蚊帳を吊って中に入り、頭から布団を被って震えていた。なんでも小さい頃、学校の帰り道か何かに、畑の中の道を歩いていて、近くを歩いていた人が目の前で落雷を受けて亡くなる瞬間を見ていたそうで、それなら雷嫌いも頷ける。
 えっ。なぜ蚊帳を吊るかって?蚊帳の中は、落雷を避けるという言い伝えがあったからだ。今や時代は変わって、蚊帳自体を目にする事が無くなった。雷の言い伝えには、他にも「カミナリさんは、子どものヘソをとる」というのがあって、昔は雷鳴が聞こえると、決まって大人は、「ホラホラ、ヘソをとられるぞ」と、裸の子どもを脅した。今考えると、言い伝え自体が、子どもがおなかを冷やさないようにという親心を代弁したものだったかもしれない。
 怖がる祖母に悪い気がして言えなかったが、小さい頃から私自身は雷鳴が聞こえてくると、どちらかというと心がウキウキしていた。特に夜の雷が好きで、カーテンの隙間から空を見ていると、ピカッと稲光が真っ暗な空を引き裂くか、空中にスパークして、一瞬だけ昼間のように風景が見えることも密かに楽しんだ。それでも、あり得ないとわかっていても、ヘソだけは不安で見られないように手で隠していたから、半分は怖いもの見たさだったかもしれない。
 実家の裏にある「金比羅山」と呼んでいた小さな神社の横には、クスノキの見上げる様な大木があって、子どもの頃に例によって、廊下のカーテンの隙間からのぞいている時に、偶然にそのクスノキへの落雷の瞬間を見てしまった。翌日見に行くと、大木の大きな幹が避けて、子どもながらにその破壊力の凄まじさにおののいた。
 人間よりも耳の良い犬や猫には遠くで鳴り出した雷鳴が聞こえているのか、実家で父が飼っていた猫は、ふだんは父が缶切りをキリキリと鳴らして猫缶(キャットフードの缶詰)を空け始めよう物なら、何処にいても走って来て、ミャーミャーと父の足にまとわりついて叱られていた位だが、年に数度、缶切りの音に反応しない時があった。捜すと、部屋の隅で不自然な低い姿勢で固まっている。いつもの安心し、のんびりした姿とは雰囲気があきらかに違う。歩かせても、首や手足がすくみ低姿勢のままである。案の定、そんな時はやがて遠くから雷鳴が聞こえてくるのだ。知り合いの家の小型犬も父の飼っていた猫と同様に、人の耳に雷鳴が聞こえる前からブルブルと震え出すそうだ。同じ犬でも、我が家で飼っているブラック・ラブラトールは、鷹揚なのか、のんびりしているのか、飼い主と同様に、雷に怯える様子はない。
 若い頃、山好きの友人に誘われて、ハイキング程度の山登りをしていたが、一度奥多摩の山を5、6人で縦走したときに、雷に遭遇した。いきなり大粒の雨が振り出し、雷がすぐ近くで鳴り出した。山道を離れ、なるべく低い場所に一行で固まり、雷をやり過ごすしか無かった。我々一行には、単独行の小学生の高学年とおぼしき少年が、いつの間にか、つかず離れず同行していたが、我々をたよって、一緒に雷を避けて身を屈めていた。
「いいよ。いいよ。一人では怖いよね。お兄さん達が守ってあげるからね」
 光と同時に地を揺るがすような大音響が鳴り響き、密かに雷好きを自負していた私もこの時ばかりは死ぬかと思った。雷鳴もドカーン、ゴロゴロゴロの前に、バシッという電気がスパークするような音が聞こえ、まさに雷の発生源の近いことを感じさせた。雨で濡れた身体にも、心なしか雷鳴の度に、ピリピリと電気的な刺激を感じていた。
 そのときは何とかその場で無事に雷をやり過ごしたが、その後、山道に戻って曲がったところに避難小屋があることを知った。我々と一緒に命の危険に立ち向かった少年は、「この兄さん達と一緒にいたら危険」と感じたのか、いつの間にか姿が見えなくなり、その後、我々に同行することは無かった。
(2013.8.19)
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2013年08月16日 | ポエム

▲先日の流星群は、熊本は曇りで星さえ見えず。このところ天体ショーには運が無い。

 星


星空を見上げよう
寒さを忘れて
すると星は
自分と僕との遠さを忘れて
何かを話してくれるかもしれない
そうしたら
耳をすまして
とっておきの話を聞こう

(1974.1.13)
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2013年08月13日 | ポエム

▲ついこの間田植えしたと思っていたら、もう稲に穂が
 

季節の何処かに
忘れものをした様な気がして
ふと、雨降りを眺めたくなった。
瓦屋根をたたく
雨の音を聞きながら、
乾き切った白い地面が
しゅんと音でも立ちそうに
雨を吸い込んでいき、
太陽と土のまざった匂いが立ちこめ
みるみる黒くなっていくのを
ふと、見つめたくなった。

雨は大粒がいい。
やがて地面には
小さな流れが幾筋も出来、
よどみ、
干涸びたバッタの死骸や
草の葉を浮かべ、
小石を動かす。

雨は同じ調子でいつまでも
変わらないほうがいい。
すると僕は
何時間も縁側に腰掛けている。

ふと、雨降りを眺めたくなった。
瓦屋根をたたく
雨の音を聞きながら
僕は、
何を考えているだろう。
(1979)
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