▲数年越しにやっとツクシイバラを観に行きました。(5月27日撮影)
▲熊本県球磨郡錦町の球磨川の広々とした河川敷に自生するツクシイバラ。
南九州固有の野生種で、白から濃いピンクまで可憐な姿を見せていた。
ホタルの川
二人の子ども達は、巣立ったのか、していないのかはっきりしないが、私の家庭も夫婦二人の行動が多くなった。さみしいが保護すべき子どもがいるうちは出来なかった、夜家をあけて何処かに出かけることも気軽に可能となった。
ここ数年、時期になると旭志村のホタルを観に行くことが、夫婦の年中行事の一つとなっている。
私が幼い頃、昭和30年代には、田んぼの上にも時期になると無数のホタルが飛び交う様子が見られた。特別にホタルを観に出かけなくても水辺から迷い飛んだホタルが頼りなげに飛ぶ姿が我が家の庭でも見られた。
幼い兄弟は、水で濡らしたヨモギの葉を入れた虫かごを持って、裏の田んぼに出かけ、道端の草に飛んで来たホタルを手で数頭捕まえては、家に持ち帰って眺めた。そして寝る時間がくると、蚊帳の中にそのホタルを放ち、電燈を消した部屋で、幻想的な明かりを見ながら幸福な眠りについた。
ある夜、車で出かけていた父が興奮して家族を呼び寄せ、すぐに皆で車に乗って出かけた。
父が興奮して家族に見せた光景は、車で10分も走らない近所の里山の小川に舞うヘイケボタルの乱舞であった。川の上空数メートルに、川の形に一斉に点滅するホタルの光。この世のものとは思えない美しさに、幼い私は全身鳥肌が立った。美しさを越して恐ろしささえ感じてしまった。後にも先にもあれほどの数のホタルの光を見たことが無い。何歳の出来事だったのだろう。曖昧な記憶の一遍は、年とともに美しさを増幅させて来たのかもしれない。
熊本県の旭志村は、全国ホタル100選にも選ばれたホタルの里である。専門家に「日本一のゲンジボタルの生息地」とも言われたとか。毎年5月中旬から6月初めには、県内外からホタルを目当てに多くの人が押し寄せる。大型のゲンジボタルは、体調が1.5センチあり、捕まえて両手の掌に包み込むと、指の間を抉じ開けて外に出ようとする位の結構な力を持っている。
車を臨時の駐車場に停めたら、有数の酪農地帯の牛舎から漂う香りに鼻を刺激されながら、二鹿来川と渡瀬川の二つの小さな川に挟まれた田んぼの脇の真っ暗な農道を歩く。すぐに川の上を舞い飛ぶ数頭のホタルを発見するが、渡瀬川が田から片面を杉と竹で覆われた斜面に沿って流れる地点まで来ると、川や斜面の竹や杉の木に、たくさんのホタルが止まったり飛んだりしながら点滅しているのを見ることが出来る。ピークはその先の川がやや広がりゆるいカーブをした地点で、舞台のような斜面の木の数本が、南の島にあるというホタルツリーのように、蛍の光で木の形にゆっくりと点滅を繰り返している。
地元の案内人の方のお話によると、上陸頭数が多いのは、旭志村では決まって5月30日だという。日が暮れてからの7時半から8時半までの1時間程が乱舞のピークだそうだ。雨が降ってもホタルの飛翔に影響は少ないが、天気が良くても風が強いと飛ばない。また気温が低過ぎても飛ばないという話だった。
これら様々な条件を全て満たしたときに、どれほどの数のホタルが飛ぶのか。
毎年ではないが、旭志村には20年近く通っている。九州各地から訪れる観光客は間違いなく増えて来ている。だが、風が強かったり、気温が低かったりで、初めて訪れたときの頭数を越える年はない。ホタルが川の形を成すように集まって飛翔することは、地元の人達の1年を通した努力もさることながら、まさに奇跡のような瞬間なのかもしれない。
様々な環境の変化で、ことに農薬の使用などの現在との大きな違いはあるが、私の幼い頃、その奇跡の一瞬を見たのだと思う。今年こそ、その奇跡の瞬間に再び出会えるかもしれない。
(2012.5.22)
▲熊本県球磨郡錦町の球磨川の広々とした河川敷に自生するツクシイバラ。
南九州固有の野生種で、白から濃いピンクまで可憐な姿を見せていた。
ホタルの川
二人の子ども達は、巣立ったのか、していないのかはっきりしないが、私の家庭も夫婦二人の行動が多くなった。さみしいが保護すべき子どもがいるうちは出来なかった、夜家をあけて何処かに出かけることも気軽に可能となった。
ここ数年、時期になると旭志村のホタルを観に行くことが、夫婦の年中行事の一つとなっている。
私が幼い頃、昭和30年代には、田んぼの上にも時期になると無数のホタルが飛び交う様子が見られた。特別にホタルを観に出かけなくても水辺から迷い飛んだホタルが頼りなげに飛ぶ姿が我が家の庭でも見られた。
幼い兄弟は、水で濡らしたヨモギの葉を入れた虫かごを持って、裏の田んぼに出かけ、道端の草に飛んで来たホタルを手で数頭捕まえては、家に持ち帰って眺めた。そして寝る時間がくると、蚊帳の中にそのホタルを放ち、電燈を消した部屋で、幻想的な明かりを見ながら幸福な眠りについた。
ある夜、車で出かけていた父が興奮して家族を呼び寄せ、すぐに皆で車に乗って出かけた。
父が興奮して家族に見せた光景は、車で10分も走らない近所の里山の小川に舞うヘイケボタルの乱舞であった。川の上空数メートルに、川の形に一斉に点滅するホタルの光。この世のものとは思えない美しさに、幼い私は全身鳥肌が立った。美しさを越して恐ろしささえ感じてしまった。後にも先にもあれほどの数のホタルの光を見たことが無い。何歳の出来事だったのだろう。曖昧な記憶の一遍は、年とともに美しさを増幅させて来たのかもしれない。
熊本県の旭志村は、全国ホタル100選にも選ばれたホタルの里である。専門家に「日本一のゲンジボタルの生息地」とも言われたとか。毎年5月中旬から6月初めには、県内外からホタルを目当てに多くの人が押し寄せる。大型のゲンジボタルは、体調が1.5センチあり、捕まえて両手の掌に包み込むと、指の間を抉じ開けて外に出ようとする位の結構な力を持っている。
車を臨時の駐車場に停めたら、有数の酪農地帯の牛舎から漂う香りに鼻を刺激されながら、二鹿来川と渡瀬川の二つの小さな川に挟まれた田んぼの脇の真っ暗な農道を歩く。すぐに川の上を舞い飛ぶ数頭のホタルを発見するが、渡瀬川が田から片面を杉と竹で覆われた斜面に沿って流れる地点まで来ると、川や斜面の竹や杉の木に、たくさんのホタルが止まったり飛んだりしながら点滅しているのを見ることが出来る。ピークはその先の川がやや広がりゆるいカーブをした地点で、舞台のような斜面の木の数本が、南の島にあるというホタルツリーのように、蛍の光で木の形にゆっくりと点滅を繰り返している。
地元の案内人の方のお話によると、上陸頭数が多いのは、旭志村では決まって5月30日だという。日が暮れてからの7時半から8時半までの1時間程が乱舞のピークだそうだ。雨が降ってもホタルの飛翔に影響は少ないが、天気が良くても風が強いと飛ばない。また気温が低過ぎても飛ばないという話だった。
これら様々な条件を全て満たしたときに、どれほどの数のホタルが飛ぶのか。
毎年ではないが、旭志村には20年近く通っている。九州各地から訪れる観光客は間違いなく増えて来ている。だが、風が強かったり、気温が低かったりで、初めて訪れたときの頭数を越える年はない。ホタルが川の形を成すように集まって飛翔することは、地元の人達の1年を通した努力もさることながら、まさに奇跡のような瞬間なのかもしれない。
様々な環境の変化で、ことに農薬の使用などの現在との大きな違いはあるが、私の幼い頃、その奇跡の一瞬を見たのだと思う。今年こそ、その奇跡の瞬間に再び出会えるかもしれない。
(2012.5.22)