かじがや支援センターでベビーマッサージを教えている時に大きな大きな揺れがきてから3年経ちます。
あの日、パニック状態でベビーを抱き、ウロウロと立ち歩き、叫ぶ母を見ました。
私の指示や言葉は、パニック状態の母達になかなか届きませんでした。
電気以外でお米の炊き方を知らないというので、ご飯3合の炊き方を教え、お水を買って帰るように話し、同じ方向の人は一緒にと参加者を避難させ1階に降りました。
余震の中、まだ多くの母親が支援センターの庭で子ども達を遊ばせ続けていました。
庭と建物のあいだにできた大きな隙間を、「先生、こんなに大きな隙間があいちゃいましたよ」と、卒業した生徒さんが笑顔で教えてくれました。
買い物に不自由する日々を予想する人は少なく、放射能や食の安全性など、誰もまだ気づいていませんでした。
3年間、私は何ができたのでしょう。
母と子の絆を深めるために、触れ合うこと、お互いのぬくもりを感じ合うことを伝え続けてきました。
どれだけの方が命の尊さを感じてくれたでしょうか。
お友達の一人は永遠に連絡が取れないと分かりました。
尊い命に心から祈りを捧げたいと思います。
来月、こひつじちゃんと福島を訪れる予定です。