《2017年3月24日》
ネットもテレビも松友学園がらみの疑獄事件で賑わっている。「教育勅語」を前面に出した幼稚園教育を時の宰相がほめそやしていたと思ったら、いつの間にかその教育者を罵りだした。宰相に声を合わせるように文部科学大臣も防衛大臣も、日本国家として68年前に学校教育から排除・失効させた「教育勅語」を擁護する言説を繰り返している。彼らは、日本が国家として定めた法を無視、ないしは無力化しようとしている。大臣がそうであれば、日本は法治国家ではない。
絶滅種の「教育勅語」にはまったく興味はないが、作家の高橋源一郎さんが「教育勅語」の「超現代語訳」をTwitterで発表したので、それをぜひ記録しておきたい。その比較のために絶滅種を一応掲げておく。
朕󠄁(ちん)惟(おも)フニ我カ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇󠄁(はじ)ムルコト宏遠󠄁(こうえん)ニ德ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ我カ臣民克(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝ニ億兆心ヲ一(いつ)ニシテ世世(よよ)厥(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ敎育ノ淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス爾(なんじ)臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相(ふうふあい)和(わ)シ朋友相信シ恭儉己(おの)レヲ持(じ)シ博󠄁愛衆ニ及󠄁ホシ學ヲ修メ業ヲ習󠄁ヒ以テ智能ヲ啓󠄁發シ德器ヲ成就シ進󠄁(すすん)テ公󠄁益ヲ廣メ世務(せいむ)ヲ開キ常ニ國憲ヲ重(おもん)シ國法ニ遵󠄁(したが)ヒ一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以(もっ)テ天壤無窮󠄁(てんじょうむきゅう)ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂(ふよく)スヘシ是(かく)ノ如キハ獨(ひと)リ朕󠄁カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺󠄁風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯(こ)ノ道󠄁ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺󠄁訓ニシテ子孫臣民ノ俱(とも)ニ遵󠄁守スヘキ所󠄁之(これ)ヲ古今(ここん)ニ通󠄁(つう)シテ謬(あやま)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖(もと)ラス朕󠄁爾臣民ト俱(とも)ニ拳󠄁々服󠄁膺(けんけんふくよう)シテ咸(みな)其(その)德ヲ一ニセンコトヲ庶󠄂幾󠄁(こいねが)フ
明治二十三年十月三十日
御名御璽(ぎょめいぎょじ)
このような漢文読み下し調の文章は、けっこう調子が良くて、意味が分からないままに感心してしまうことが多い。気を付けなければならない文章の典型である。政治家の演説も、断言肯定命題ふうの調子で進むのはたいてい中身がない。時の宰相に至っては、日本語として意味が全く通じないが、支持者がけっこういるというのは単に言葉の調子に騙されているだけである。言葉の調子で騙すためには、なまじ中身がない方がいいのかもしれない。意味が通じたら馬鹿にされてしまうということを政治家は知っているに違いない。
さて、高橋源一郎流の現代語版「教育勅語」は次のようなものである。ここでは、「朕󠄁」や「爾」は単なる「わたし」や「あなた」ではなく、身分制度が判るような訳になっている。
①「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね」
②「きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです」
③「その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」
④「そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません」
⑤「もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」
⑥「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです
⑦「いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです」
⑧「そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。
以上! 明治二十三年十月三十日 天皇」
教育勅語を擁護する人間がよく言うのは、人として大切な徳目も書いてある」ということだが、しいて言えば④だけである。このレベルなら小学校に入学してすぐに担任の先生が言う「お友達と仲良くしましょうね」程度であって、ことさら教育勅語を持ち出すまでもない。
これを書いた高橋源一郎さんの感想。「自分で読み返して思ったんですが、これ、マジ引くよね……。」 引くどころか、これで日本の子どもたちを軍国少年に育て、戦争に駆り出し、230万人を兵士として死ぬことを強要したのである(その内、半数以上の140万人が餓死だった)。戦争に行って天皇のために死ぬことだけが臣下としての唯一の道徳だというのである。反吐が出る。
森友学園理事長の証人喚問では、自民党の国会議員はあたかも悪行高い犯罪者を断罪するかのような弁論ばかりで、証言から何かを明らかにしようとする姿勢は皆無なのだった。自民党、公明党、大阪維新の会の議員には、ニーチェの次の言葉を謹んでささげておこう。
……友よ、俺は忠告する。罰への衝動が強い人間を、絶対に信用するな!
それは、粗悪で素性も怪しいやつらだ。……
自分は正義だと言い過ぎる人間を、絶対に信用するな!……
連中が自分から「善良で正しい人間」だと名乗るとき、忘れてはならない。連中がパリサイ人となるために欠けているものは、ただひとつ――権力だ!
フリードリッヒ・ニーチェ [1]
私たち日本人の不幸は、自民党と公明党が政治的権力を握ってしまっていることだ。彼らは間違いなくパリサイ人だ。
[1] フリードリッヒ・ニーチェ(丘沢静也訳)『ツァラトゥストラ 上巻』(光文社古典新訳文庫 2010年)p.204。