■その先の道に消える/中村文則 2019.2.4
著者「あとがき」で中村文則氏は、このように書いている。
薄い霧の中で、ぼんやりとした光が、つまりそれぞれの人生の断片が、重なり合うような物語、そういう小説を---この物語の一連のテーマも含めて---ずっと書いてみたかった。
中村文則 『その先の道に消える』 公式サイト
緊縛、麻縄、縄が麻であることの意味。
束縛されることと解放されること。人生との類似性。深遠さ。
性の奥深さ。人間の性の束縛と解放。業の深さ。溺れたら捉えて離さないのぞき込む闇。
その道の先に、何を見たのか。
彼女が三十五歳で癌になった時、そしてそれが転移してもう助からないと知った時、私はこの世界はやはり意味がないと思った。このような女性が三十代で急に死ぬ世界が、正常なはずがない。どれだけ幸福な人間がこの世界に存在しようと、この世界に意味はない。
神の意志は計り知れず、尊く、荒々しく、恐ろしい。だから我々人間は、それと対峙する時、自らをも守らなければならない。
こんな目で世界を眺めている男なのだが、人生を諦めることが出来ない。
人生のある時点で、「ルビコン川を渡る」。
まだ間に合う......もう取り返しがつかない。
魔が差したと他人は言うかも知れない。しかし、運命のほうからやって来る時がある。
わかるような気がするよ。俺にこんなことを命じられて、少し驚いてるんじゃないか?
俺の噂は聞いているだろ。実直な仕事、よく言えば真面目だが面白味のない上司。……そんな風に訊いてたんじゃないか?確かにそうだった。でも数年前からね、少し変わったんだよ」
「なぜです?」
思わず訊いていた。それほど興味もないのだが。署長が煙草の火を消す。寂しげに。
「飽きたんだよ。このままでいることに」
闇に手を伸ばすために、闇を使う。
性に溺れる。捉えて放さない性の奥深さ。
家で子供を抱きしめる前に、風俗で自分の男性器を知らない女性にしゃぶらせたりしているだろうに。そんな性の卑小などうしようもなさに、彼は恐らく無自覚なんでしょう。
……恐らく、こういうタイプじゃないでしょうか。性欲にかられ自ら風俗に来たのに、そんなに来る気はなかったかのような態度をしながら、でもやることは全てやり、挙句にそこで働く女性に説教までするような。あくまで自分は清らか……。......あからさまな性に、いちいち過剰に拒否反応する人間ほど無意識では強欲なものです。
----はい。でも、……これはヤバイですよ。あいつは普通じゃない。
人間は醜い。放置され飢えた人間の数が、それを証明している。よくもまあ、こんな世界の有様で、この世界は美しい、私は幸福だなどと言うことができるもんだと感心する。自分を善人だと思えるんだから、人間というのは本当に化物だよ。
人生の出会い。
Yという男。出会わなければ良かった相手というものが、この世界には存在します。でも、本当にそうだろうか。自分はYに、出会わなければよかったのだろうか。
私達は当然のことながら、互いの人生の全てを知っているわけじゃない。人が誰かに出会う時、そこでふれるのは相手の人生の断片だ。
富樫は破滅した。でも、それが彼の、精一杯だったんじやないかと、私は思っていた。山田はどうか知らないが、吉川も桐田も、彼らなりに、精一杯だったのではないかと。善悪でなく、彼らの存在としてそう生きることが。何かの線が、それぞれの人生の断片が、絡み合った結果の出来事に、過ぎなかったのではないかと。
題名がいい。実に魅力的だ。
題名に惹かれて、手にされた方も多いのではないか。
『 その先の道に消える/中村文則/朝日新聞出版 』
著者「あとがき」で中村文則氏は、このように書いている。
薄い霧の中で、ぼんやりとした光が、つまりそれぞれの人生の断片が、重なり合うような物語、そういう小説を---この物語の一連のテーマも含めて---ずっと書いてみたかった。
中村文則 『その先の道に消える』 公式サイト
緊縛、麻縄、縄が麻であることの意味。
束縛されることと解放されること。人生との類似性。深遠さ。
性の奥深さ。人間の性の束縛と解放。業の深さ。溺れたら捉えて離さないのぞき込む闇。
その道の先に、何を見たのか。
彼女が三十五歳で癌になった時、そしてそれが転移してもう助からないと知った時、私はこの世界はやはり意味がないと思った。このような女性が三十代で急に死ぬ世界が、正常なはずがない。どれだけ幸福な人間がこの世界に存在しようと、この世界に意味はない。
神の意志は計り知れず、尊く、荒々しく、恐ろしい。だから我々人間は、それと対峙する時、自らをも守らなければならない。
こんな目で世界を眺めている男なのだが、人生を諦めることが出来ない。
人生のある時点で、「ルビコン川を渡る」。
まだ間に合う......もう取り返しがつかない。
魔が差したと他人は言うかも知れない。しかし、運命のほうからやって来る時がある。
わかるような気がするよ。俺にこんなことを命じられて、少し驚いてるんじゃないか?
俺の噂は聞いているだろ。実直な仕事、よく言えば真面目だが面白味のない上司。……そんな風に訊いてたんじゃないか?確かにそうだった。でも数年前からね、少し変わったんだよ」
「なぜです?」
思わず訊いていた。それほど興味もないのだが。署長が煙草の火を消す。寂しげに。
「飽きたんだよ。このままでいることに」
闇に手を伸ばすために、闇を使う。
性に溺れる。捉えて放さない性の奥深さ。
家で子供を抱きしめる前に、風俗で自分の男性器を知らない女性にしゃぶらせたりしているだろうに。そんな性の卑小などうしようもなさに、彼は恐らく無自覚なんでしょう。
……恐らく、こういうタイプじゃないでしょうか。性欲にかられ自ら風俗に来たのに、そんなに来る気はなかったかのような態度をしながら、でもやることは全てやり、挙句にそこで働く女性に説教までするような。あくまで自分は清らか……。......あからさまな性に、いちいち過剰に拒否反応する人間ほど無意識では強欲なものです。
----はい。でも、……これはヤバイですよ。あいつは普通じゃない。
人間は醜い。放置され飢えた人間の数が、それを証明している。よくもまあ、こんな世界の有様で、この世界は美しい、私は幸福だなどと言うことができるもんだと感心する。自分を善人だと思えるんだから、人間というのは本当に化物だよ。
人生の出会い。
Yという男。出会わなければ良かった相手というものが、この世界には存在します。でも、本当にそうだろうか。自分はYに、出会わなければよかったのだろうか。
私達は当然のことながら、互いの人生の全てを知っているわけじゃない。人が誰かに出会う時、そこでふれるのは相手の人生の断片だ。
富樫は破滅した。でも、それが彼の、精一杯だったんじやないかと、私は思っていた。山田はどうか知らないが、吉川も桐田も、彼らなりに、精一杯だったのではないかと。善悪でなく、彼らの存在としてそう生きることが。何かの線が、それぞれの人生の断片が、絡み合った結果の出来事に、過ぎなかったのではないかと。
題名がいい。実に魅力的だ。
題名に惹かれて、手にされた方も多いのではないか。
『 その先の道に消える/中村文則/朝日新聞出版 』