■レーエンデ国物語 2024.2.12
多崎礼さんの『レーエンデ国物語 月と太陽』を読みました。
前巻同様、大変面白い物語でした。
この物語を読んだ方は、あの二人が再び会った時、何が起きるか、読みながらずっと気になったのではないか、と思います。
テッサは運命に翻弄され続け、やがて、その時はやって来ます。
この物語を、まだ未読の方は、以下は飛ばして下さい。
「まるで眠ってるみたいだな」
誰にともなく呟いて、ランソンはテッサに目を向けた。
「中隊長はいつもお前のことを案じていたよ。元気にしているか、怪我はしていないか、無事でやってるか、いつも気にしていたよ」
なのに----と言い、顔を歪める。
「なぜだ。テッサ? なぜなんだ?」
なぜ?
なぜだろう?
中隊長が好きだった。本当に大好きだった。辛い時、悲し時、彼の言葉が支えてくれた。挫けそうな時、諦めそうになった時、彼の声に励まされた。その生き方に憧れた。彼のようになりたいと思った。
なのに、なぜだろう。
「わからない」
なんでこんなことになってしまったのだろう。
「わからないよ」
ねぇ、誰か教えて。
あたしはどこで道を間違えたの?
運命に翻弄されたテッサのこの一言。涙が止まりません。
夢も見ずにテッサは眠った。現実以上の悪夢など見るはずもなかった。
「ダール村で暮らすのに読み書きって必要?」
「それ、よく言われるのよね。『農夫や炭鉱夫になるのに読み書きなんて必要ないだろ』って。けど読み書きが出来れば、遠くにいる人に自分の考えを伝えることが出来るし、はるか昔に生きた人の考えを知ることだって出来る。それってすごくない? なんかワクワクしない?」
どうだろう。そんなこと考えたこともなかった。
「それに人って言葉でものを考えるから、知っている言葉が増えれば、それだけ考え方も豊かになるの。考え方が豊かになれば視野が広がって、それまで見過ごしてきたことにも気づけろようになる。何が正しくて何が間違っているのか、自分の頭で考えることが出来るようになる。あたしが子供達に読み書きを教えるのは、知識が人を作り、見識が世界を変えるって信じているから。教育の力はどんな武器よりも強いって信じているからなの」
「ああ……うん、そうだね」
ルーチエは感じ入った。同時に自分が恥ずかしくなった。アレーテを侮っていたわけではない。
けれどこんなにも深い答えが返ってくるとは思っていなかった。
ゆっくりと流れる時間、昨日と変わらぬ今日が来て、今日と変わらぬ明日が来る。それでいいと思っていた。平和な毎日がずっと続いていくのだと信じていた。
変化はいきなり訪れた。
「どんな強い人間にもね、休息は必要だよ」
「なあテッサ。あんたは至極まっとうだ。悲惨な戦争を体験しても、大切な家族を殺されても、人の心を失っていない。だからこそあんたは仲間達の死に責任を感じてしまうんだろうね」
でも----と言い、ゾーイは寝台の端に腰かけた。
「あんたは戦うことを選んだ。夢を語り、同志を募り、帝国を倒すための戦争を始めた。多くの若者達があんたに心酔し、あんたに命を預けている。あんたが迷えばみんなが迷う。仲間を守りたいと思うなら、最後まで意地を張り通しな。どんなに辛くても前を向くんだ。泣くのはすべてが終わってから、レーエンデの自由を取り戻してからにしな」
厳しい言葉だった。なのに口調はとても優しい。
まるでシモン中隊長みたいだと思った。
シモンは誰よりも先に敵地に斬り込み、最後まで戦場に残った。仲間の死を背負いながら、常に前を向いていた。涙を見せず、弱音を吐かず、どんな危険にも臆することなく突き進んだ。それが隊を率いる者の責任なのだと行動で示してくれた。
中隊長のようになりたい。いつも毅然としていたい。でもあたしは仲間を失うのが怖い。中隊長のように強くはなれない。たとえ一生かかっても彼の足下にも及ばない。でも中隊長は嘘をつかなかった。自分のことは信じられなくても、彼の言葉なら信じられる。
あたしが心から願えば、出来ないことなど何もない。
「中隊長を渡してくれ」
テッサは怯えた瞳で彼を見て、無言で首を横に振った。
「お願いだ。渡してくれ」
ランソンは彼女の前に膝をついた。
「約束通り、俺達は引き上げる。ここに中隊長を残していけない」
テッサは答えず、ますます強くシモンを抱きしめる。
「中隊長は海が好きだった。引退したらアルモニアに戻って、海を眺めながらのんびり暮らすんだと、いつも言っていた。でもレーエンデには海がない」
そうだろう? と問いかける。
「俺が中隊長をアルモニアに連れて行く。海が見下ろせる丘の上に埋葬する。だから頼む。テッサ、中隊長を渡してくれ」
テッサはランソンを見た。優しい目をしていた。陽に焼けた頬を涙が伝っていた。言いたいことは山ほどあるはずなのに、一言もテッサを責めなかった。
テッサはシモンの髪を撫ぜた。開いたままの瞼を閉じてやった。彼を抱き上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「お願いします」
『 レーエンデ国物語 月と太陽/多崎礼/講談社 』
多崎礼さんの『レーエンデ国物語 月と太陽』を読みました。
前巻同様、大変面白い物語でした。
この物語を読んだ方は、あの二人が再び会った時、何が起きるか、読みながらずっと気になったのではないか、と思います。
テッサは運命に翻弄され続け、やがて、その時はやって来ます。
この物語を、まだ未読の方は、以下は飛ばして下さい。
「まるで眠ってるみたいだな」
誰にともなく呟いて、ランソンはテッサに目を向けた。
「中隊長はいつもお前のことを案じていたよ。元気にしているか、怪我はしていないか、無事でやってるか、いつも気にしていたよ」
なのに----と言い、顔を歪める。
「なぜだ。テッサ? なぜなんだ?」
なぜ?
なぜだろう?
中隊長が好きだった。本当に大好きだった。辛い時、悲し時、彼の言葉が支えてくれた。挫けそうな時、諦めそうになった時、彼の声に励まされた。その生き方に憧れた。彼のようになりたいと思った。
なのに、なぜだろう。
「わからない」
なんでこんなことになってしまったのだろう。
「わからないよ」
ねぇ、誰か教えて。
あたしはどこで道を間違えたの?
運命に翻弄されたテッサのこの一言。涙が止まりません。
夢も見ずにテッサは眠った。現実以上の悪夢など見るはずもなかった。
「ダール村で暮らすのに読み書きって必要?」
「それ、よく言われるのよね。『農夫や炭鉱夫になるのに読み書きなんて必要ないだろ』って。けど読み書きが出来れば、遠くにいる人に自分の考えを伝えることが出来るし、はるか昔に生きた人の考えを知ることだって出来る。それってすごくない? なんかワクワクしない?」
どうだろう。そんなこと考えたこともなかった。
「それに人って言葉でものを考えるから、知っている言葉が増えれば、それだけ考え方も豊かになるの。考え方が豊かになれば視野が広がって、それまで見過ごしてきたことにも気づけろようになる。何が正しくて何が間違っているのか、自分の頭で考えることが出来るようになる。あたしが子供達に読み書きを教えるのは、知識が人を作り、見識が世界を変えるって信じているから。教育の力はどんな武器よりも強いって信じているからなの」
「ああ……うん、そうだね」
ルーチエは感じ入った。同時に自分が恥ずかしくなった。アレーテを侮っていたわけではない。
けれどこんなにも深い答えが返ってくるとは思っていなかった。
ゆっくりと流れる時間、昨日と変わらぬ今日が来て、今日と変わらぬ明日が来る。それでいいと思っていた。平和な毎日がずっと続いていくのだと信じていた。
変化はいきなり訪れた。
「どんな強い人間にもね、休息は必要だよ」
「なあテッサ。あんたは至極まっとうだ。悲惨な戦争を体験しても、大切な家族を殺されても、人の心を失っていない。だからこそあんたは仲間達の死に責任を感じてしまうんだろうね」
でも----と言い、ゾーイは寝台の端に腰かけた。
「あんたは戦うことを選んだ。夢を語り、同志を募り、帝国を倒すための戦争を始めた。多くの若者達があんたに心酔し、あんたに命を預けている。あんたが迷えばみんなが迷う。仲間を守りたいと思うなら、最後まで意地を張り通しな。どんなに辛くても前を向くんだ。泣くのはすべてが終わってから、レーエンデの自由を取り戻してからにしな」
厳しい言葉だった。なのに口調はとても優しい。
まるでシモン中隊長みたいだと思った。
シモンは誰よりも先に敵地に斬り込み、最後まで戦場に残った。仲間の死を背負いながら、常に前を向いていた。涙を見せず、弱音を吐かず、どんな危険にも臆することなく突き進んだ。それが隊を率いる者の責任なのだと行動で示してくれた。
中隊長のようになりたい。いつも毅然としていたい。でもあたしは仲間を失うのが怖い。中隊長のように強くはなれない。たとえ一生かかっても彼の足下にも及ばない。でも中隊長は嘘をつかなかった。自分のことは信じられなくても、彼の言葉なら信じられる。
あたしが心から願えば、出来ないことなど何もない。
「中隊長を渡してくれ」
テッサは怯えた瞳で彼を見て、無言で首を横に振った。
「お願いだ。渡してくれ」
ランソンは彼女の前に膝をついた。
「約束通り、俺達は引き上げる。ここに中隊長を残していけない」
テッサは答えず、ますます強くシモンを抱きしめる。
「中隊長は海が好きだった。引退したらアルモニアに戻って、海を眺めながらのんびり暮らすんだと、いつも言っていた。でもレーエンデには海がない」
そうだろう? と問いかける。
「俺が中隊長をアルモニアに連れて行く。海が見下ろせる丘の上に埋葬する。だから頼む。テッサ、中隊長を渡してくれ」
テッサはランソンを見た。優しい目をしていた。陽に焼けた頬を涙が伝っていた。言いたいことは山ほどあるはずなのに、一言もテッサを責めなかった。
テッサはシモンの髪を撫ぜた。開いたままの瞼を閉じてやった。彼を抱き上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「お願いします」
『 レーエンデ国物語 月と太陽/多崎礼/講談社 』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます