■7月のダークライド 2024.1.15
ルー・バーニーの『7月のダークライド』を読みました。
社会にも自分の人生にも積極的になれないハードリーは、煙草の火傷痕の残る幼い姉弟を見かけ、取り敢えず、児童虐待を扱う当局に訴えるのだが、真面目に取り合ってもらえない。門前払い。
しかし、幼い姉弟のことが気になって仕方がない。
年上の女性で元私立探偵フェリスに助言を求めたり、エレノアに協力を懇願する。
彼は、義兄プレストンや職場の部下サルヴァドール、家主バークにも助けられ、幼い姉弟脱出計画にのめり込んでいく。
彼の生き方は、大きく変貌し始める。
ハードリー、フェリス、エレノア、エレノアの祖母、プレストン、バーク、サルヴァドールの人物描写は巧みで秀逸です。
ダークライドとは、レールの上の乗り物に乗り、冒険やファンタジーなどのテーマで演出された空間をめぐるタイプのアトラクションのこと。(解説 吉野仁)。
「根気よくやればいいだけ」フェリスが言う。「わたしがあなたにあげられる本当のアドバイスはそれだけよ。根気よく、根気よく、根気よく。何かがうまくいく手品とか秘密の呪文なんてない」
ぼくは用心しながらも勇気づけられる。根気よくだったらできる、たぶん。根気は目をみはる天賦のの才能のあるなしじゃなくて、努力の問題だ。ぼくみたいな凡人にはぴったりかもしれない。
彼女はグラスを持ち上げる。ぼくが自分のグラスでカチンとできるように。キャンドルの光でフェリスが美しく見える。なくても美しいけど。目や肌に金色の光がチラチラと揺らめく。ぽくより軽く15歳は上だ。年上の女性に魅力を感じることに、いまごろ気づいた? いやちがう。そうじゃない。フェリスに魅力を感じるのだ。
「必要な情報を会話から得るのは」彼女が言う。「むずかしい」
「オーケイ」
「なぜかって、あらゆる会話、話しかけるあらゆる人は、みんなそれぞれちがうから。フランスに行ったら日本語で話しかけないでしょ?」
「ええ。でも----」
「あなたは注意を払わなきゃならない。注意を払いつづけるってこと。この世でもっとも危険なものは、第一印象よ」
テーブルは小さい。彼女の手がぼくの手のすぐそばにある。指と指が触れ合うほどに。
ぼくはいきなり罪悪感に襲われる。いったいどうした? フェリスにクラッときてる場合じゃないだろう。パールとジャックを助けることだけに全力で集中しなきゃいけないときに。フェリスがぼくを気にかけないことは言うまでもなく。彼女にはもっといい選択肢がごまんとある。
「いいアドバイスです」ぼくは言う。
「そうよ」
彼女はウェイターに手を振り、ふたり分のオールド・ファションドのお代わりを注文する。
「そうするしかないんだ。彼らを救い出さなきや」
「あなた、緊急治療室(ER)に一度入ったのよ。憶えてる?」
「憶えてる。でも----」
「もうあなたをERに運びたくない。怠け者と呼んで。それに、ERよりもっと悪いところに行くことになるかもよ」
「ぼくはイカれてない。だからちゃんとした計画が必要なんだ。思いつくまで手伝ってほしい」
「わたしの話、聞いてる? 自分の話だけ聞いてんの?」
「両方だ」
彼女は人きく息を吸う。「仕事に戻らなきゃ」
「計画を立てよう。あとでメッセージを送る」
彼女は去る。ぼくは車で“呪われた西部開拓地”に立ち寄り、“廃坑の鉱山列車”まで行く。サルヴァドールのインデックスカードの箱から1パック取り出して封を切る。プレストンはどんなプロジェクトでもリストを作るところから始める。プレストン曰く、それが成功の秘訣らしい。ぼくもやってみよう。
「ぼくはあの子たちをあきらめない」
「とにかく聞いて。児童サービスに戻りなさい。あなたが知ってることを彼らに話すの」
「CPSに? 彼らは無能だ。その話はしたよね」
「ほとんどの職員はそう、たぶんね。でも、きちんとした人はいる。然るべき人が然るべき持ち場に。つねにそうよ。どうしてもまえに進みたい? なら彼らを進ませなさい。最終的には動いてくれる。そのほうがみんなにとって、はるかに安全よ」
本当に長年、何に対しても腹を立てたことがなかったぼくが、ここ数日で2度目に激怒する。なぜって、フェリスが問題を見ながら見ないふりをして去るほかの連中と変わらないことがわかったから。
パールとジャックはいまも地獄にいるのと変わらない。ジャックは6歳。パールは7歳。
ふたりがそんな罰にふさわしい何をした? この先、状況がよくなる見込みもない。
トレイシーは口にこそしなかったけど、そう言ったも同然だ。絶望していた。
脱出を助けてくれる人の当てが、ぼくのほかにひとりでもいるだろうか。そんな可能性は想像すらできないのでは? なのにフェリスは持ち場の話をしたがっている。
「どのくらいかかると思う?」ぼくは言う。「ぼくがCPSを動かすまでに」
「それはわからない」
「しかもハッピーエンドを保証できる? ぜったいうまくいくと思う?」
「もちろん保証できない」
「CPSは子供たちを彼女から引き離す。最善のシナリオでもそうなるよね」
「実際、引き離すべきなのかもしれない」
「大事なのは、ぼくが自分のことをどう感じるかだ。できることをすべてやったと言えるかどうか」
「あなたはできることをすべてやったわ」
「それは嘘だ」
『 7月のダークライド/ルー・バーニー/加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS 』
ルー・バーニーの『7月のダークライド』を読みました。
社会にも自分の人生にも積極的になれないハードリーは、煙草の火傷痕の残る幼い姉弟を見かけ、取り敢えず、児童虐待を扱う当局に訴えるのだが、真面目に取り合ってもらえない。門前払い。
しかし、幼い姉弟のことが気になって仕方がない。
年上の女性で元私立探偵フェリスに助言を求めたり、エレノアに協力を懇願する。
彼は、義兄プレストンや職場の部下サルヴァドール、家主バークにも助けられ、幼い姉弟脱出計画にのめり込んでいく。
彼の生き方は、大きく変貌し始める。
ハードリー、フェリス、エレノア、エレノアの祖母、プレストン、バーク、サルヴァドールの人物描写は巧みで秀逸です。
ダークライドとは、レールの上の乗り物に乗り、冒険やファンタジーなどのテーマで演出された空間をめぐるタイプのアトラクションのこと。(解説 吉野仁)。
「根気よくやればいいだけ」フェリスが言う。「わたしがあなたにあげられる本当のアドバイスはそれだけよ。根気よく、根気よく、根気よく。何かがうまくいく手品とか秘密の呪文なんてない」
ぼくは用心しながらも勇気づけられる。根気よくだったらできる、たぶん。根気は目をみはる天賦のの才能のあるなしじゃなくて、努力の問題だ。ぼくみたいな凡人にはぴったりかもしれない。
彼女はグラスを持ち上げる。ぼくが自分のグラスでカチンとできるように。キャンドルの光でフェリスが美しく見える。なくても美しいけど。目や肌に金色の光がチラチラと揺らめく。ぽくより軽く15歳は上だ。年上の女性に魅力を感じることに、いまごろ気づいた? いやちがう。そうじゃない。フェリスに魅力を感じるのだ。
「必要な情報を会話から得るのは」彼女が言う。「むずかしい」
「オーケイ」
「なぜかって、あらゆる会話、話しかけるあらゆる人は、みんなそれぞれちがうから。フランスに行ったら日本語で話しかけないでしょ?」
「ええ。でも----」
「あなたは注意を払わなきゃならない。注意を払いつづけるってこと。この世でもっとも危険なものは、第一印象よ」
テーブルは小さい。彼女の手がぼくの手のすぐそばにある。指と指が触れ合うほどに。
ぼくはいきなり罪悪感に襲われる。いったいどうした? フェリスにクラッときてる場合じゃないだろう。パールとジャックを助けることだけに全力で集中しなきゃいけないときに。フェリスがぼくを気にかけないことは言うまでもなく。彼女にはもっといい選択肢がごまんとある。
「いいアドバイスです」ぼくは言う。
「そうよ」
彼女はウェイターに手を振り、ふたり分のオールド・ファションドのお代わりを注文する。
「そうするしかないんだ。彼らを救い出さなきや」
「あなた、緊急治療室(ER)に一度入ったのよ。憶えてる?」
「憶えてる。でも----」
「もうあなたをERに運びたくない。怠け者と呼んで。それに、ERよりもっと悪いところに行くことになるかもよ」
「ぼくはイカれてない。だからちゃんとした計画が必要なんだ。思いつくまで手伝ってほしい」
「わたしの話、聞いてる? 自分の話だけ聞いてんの?」
「両方だ」
彼女は人きく息を吸う。「仕事に戻らなきゃ」
「計画を立てよう。あとでメッセージを送る」
彼女は去る。ぼくは車で“呪われた西部開拓地”に立ち寄り、“廃坑の鉱山列車”まで行く。サルヴァドールのインデックスカードの箱から1パック取り出して封を切る。プレストンはどんなプロジェクトでもリストを作るところから始める。プレストン曰く、それが成功の秘訣らしい。ぼくもやってみよう。
「ぼくはあの子たちをあきらめない」
「とにかく聞いて。児童サービスに戻りなさい。あなたが知ってることを彼らに話すの」
「CPSに? 彼らは無能だ。その話はしたよね」
「ほとんどの職員はそう、たぶんね。でも、きちんとした人はいる。然るべき人が然るべき持ち場に。つねにそうよ。どうしてもまえに進みたい? なら彼らを進ませなさい。最終的には動いてくれる。そのほうがみんなにとって、はるかに安全よ」
本当に長年、何に対しても腹を立てたことがなかったぼくが、ここ数日で2度目に激怒する。なぜって、フェリスが問題を見ながら見ないふりをして去るほかの連中と変わらないことがわかったから。
パールとジャックはいまも地獄にいるのと変わらない。ジャックは6歳。パールは7歳。
ふたりがそんな罰にふさわしい何をした? この先、状況がよくなる見込みもない。
トレイシーは口にこそしなかったけど、そう言ったも同然だ。絶望していた。
脱出を助けてくれる人の当てが、ぼくのほかにひとりでもいるだろうか。そんな可能性は想像すらできないのでは? なのにフェリスは持ち場の話をしたがっている。
「どのくらいかかると思う?」ぼくは言う。「ぼくがCPSを動かすまでに」
「それはわからない」
「しかもハッピーエンドを保証できる? ぜったいうまくいくと思う?」
「もちろん保証できない」
「CPSは子供たちを彼女から引き離す。最善のシナリオでもそうなるよね」
「実際、引き離すべきなのかもしれない」
「大事なのは、ぼくが自分のことをどう感じるかだ。できることをすべてやったと言えるかどうか」
「あなたはできることをすべてやったわ」
「それは嘘だ」
『 7月のダークライド/ルー・バーニー/加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS 』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます