■Sweets maman 岐阜市菅生 2021.8.3
岐阜市菅生の島南公園隣にある 『Sweets maman』 に初めて行ってきました。
木の雰囲気いっぱいのシンプルで素敵なお店です。
ぼくとKさんが行ったときは、生憎、木の扉の両側には変な日除けが垂れ下がっていて、写真は、お店の雰囲気をうまく表現できていません。
ケーキの化粧箱も、お店の顔。
お店、お店のセンスが感じられます。
メロンタルト・ももたろう・ピーチタルト
お店の方のお奨めは、「ももたろう」。
ぼくは、「メロンタルト」が美味しかった。
いただいたケーキは、いずれも甘さ控えめで大変美味しかった。
シホンケーキも美味しいそうです。
この次は、シホンケーキを買ってこよう。
いろいろ楽しみです。
『 Sweets maman (ママン) 』
住所 岐阜市菅生8-1-20
TEL ( 058 ) 216 - 7750
岐阜市菅生の島南公園隣にある 『Sweets maman』 に初めて行ってきました。
木の雰囲気いっぱいのシンプルで素敵なお店です。
ぼくとKさんが行ったときは、生憎、木の扉の両側には変な日除けが垂れ下がっていて、写真は、お店の雰囲気をうまく表現できていません。
ケーキの化粧箱も、お店の顔。
お店、お店のセンスが感じられます。
メロンタルト・ももたろう・ピーチタルト
お店の方のお奨めは、「ももたろう」。
ぼくは、「メロンタルト」が美味しかった。
いただいたケーキは、いずれも甘さ控えめで大変美味しかった。
シホンケーキも美味しいそうです。
この次は、シホンケーキを買ってこよう。
いろいろ楽しみです。
『 Sweets maman (ママン) 』
住所 岐阜市菅生8-1-20
TEL ( 058 ) 216 - 7750
わたくしは洋菓子は高島屋か菊屋ベーカリーでした。
当時のわたくしのシマは南はJR駅、北は長良川、東は伊奈波神社(もう少し梅林公園くらいまでかな)、
西は忠節橋通り(真砂町、大縄場岐高あたりまで)で、その中で買い物、食事、マッサージ、サウナなど
すべてをこなしていて、マーサへも数えるほどしか行っていませんし、加納は全く歩けません。
宴会、食事会は長良川右岸のホテル、旅館でしたからそのあたりはまずまず知っています。
県庁へは2回、県立図書館へは一度も入ったことがありません。
美術館へは5,6度特別展がある時行きました。
ここはルドンの作品で有名ですが、東京三菱1号館美術館が「グラン・ブーケ」を購入して見に行ったとき、
どうして岐阜が買わなかったのかと思いました。
華やかで岐阜の美術館にあればもっと多くの人が訪れるのにと残念でした。
悔しくてその後も2度も観に行ったのです。
地方の美術館はやはり誰もが観たい作品を収蔵することも大切だと思います。
山梨県立美術館のようにミレーの「種まく人」のように。
長々と失礼しました。
今ならきっと教えていただいたおいしいお店を後追いしていただくことでしょう。
わたくしのシマはもっと広がっていたと思います。
茉那さんの活動範囲の広さには、驚きました。
最近の茉那さんのブログを拝見すると、行動に随分制約を受けておられるご様子、さぞかし大変なストレスを感じておられるのではないかと拝察しております。
>県立図書館へは一度も入ったことがありません。
これは、意外でした。
茉那さんは、大変な読書家ですから、県立図書館、市立図書館を自宅の書庫のように利用されていることと思っていました。
ぼくの知人で、読む本は全て買う。面白くない本は捨てる。価値のある面白い本だけ手元に置く。大変な読書家で眼を悪くされた方がいます。
茉那さんも、読む本は全て購入されているのでしょうね。
若いころ、ケーキといえば菊屋ベーカリー。時々プレリュード。
岐阜高島屋が出来てからは、高島屋へも。当時は、スリジェなどもなく洋菓子屋さんは数が少なかったですね。
岐阜の人は、本当に菊屋が好きだった。ぼくも好きだった。なくなって淋しい限りです。
最近は、免許返納後のことを考えて、外食をするにしてもケーキや食パンを買うにしても美味しくて行きやすいお店を探しています。
移動は、基本バスになります。タクシーを使うにしても近い方が良いですよね。
ブログを拝見していて、もうひとつ驚くことがあります。
世界を股にかけて様々な国に旅行されていたことです。
訪れた場所、日時、体験したことなど、ありありと表現されている茉那さんの驚異的な記憶力に脱帽です。
これらのこと全てが、茉那さんの豊かな人生を支えているのでしょうね。
菊屋ベーカリーがなくなっているとは驚きでした。
確かに今の洋菓子店に比べるとショートケーキとかシュークリームなどの地味なお菓子しか買ったことがないように思います。
いつも乗るバス停が大熊果物店前でしたからよく立ち寄りました。
なくなったといえば息子、夫、義父など一族すべてが通った京町小、伊奈波中も統合されて名称がなくなったようですね。
息子に「母校で残っているのは岐高だけみたいよ」と知らせたら「へえ、岐阜の町中の人口減少は大きんだ」と驚いていました。
県立図書館は遠いので当時働いていたわたくしは時間の余裕がなくせいぜい狭くてごちゃごちゃした旧市役所近くの市立図書館に自転車で行くくらいでした。
あたらしい図書館ができてあの跡地は何かができたのでしょうね。
本は職場に出入りしていた大衆書房に持ってきてもらっていました。
柳ケ瀬に出たときは自由書房で立ち読みしながら
気に入った何冊かを買っていました。
今はその2店ともなくなったのですね。
10年余り前キンドルが出たころから本はアマゾンキンドルで読んでいます。
このコメントへの返コメは気になさらないでください。
長年住んでいたところの無くなったものへのノスタルジーです。
これからもお食事を楽しまれているブログを楽しみにしています。
ありがとうございました。
大衆書房
自由書房
旧市立図書館
ぼくにとっても、なつかしい思い出の場所です。
>本は職場に出入りしていた大衆書房に持ってきてもらっていました。
茉那さんの職場に本を届けられた大衆書房の方は、きっとあの方だと思うのですが。
温厚な方でした。彼は、客の好みがよく分かる方で薦められた本はついつい買ってしまったことを思い出します。
旧市立図書館のあの古さと雰囲気が好きでした。
2階の読書室へつながる歴史ある階段を、ゆっくり、上ったり下ったりするのが好きでした。
建物は、まだそのままだと思います。
茉那さん、惜しくもなくなったお店がもうひとつあります。
市役所の移転に伴って、「岐阜会館」もなくなってしまいました。
和食、洋食、中華と使い勝手が良い美味しいお店でした。
岐阜会館にも、親しくしていた方がいました。
岐阜市内から消えてしまったお店には、忘れ得ぬ人々との思い出があります。
そんな思い出のひとつひとつが大切なんですよね。