■天使の傷 2022.8.22
いよいよ『 天使の傷 』 下巻です。
話の後半から、事態の展開もテンポよく進み面白かった。
イーヴィは、普通の十八、九の女の子とは違うことが、よく分かります。
楽しいことが、何もなく生きてきたイーヴィ。読者にとっても、イーヴィがテリーとサイラスに出会えたことが唯一の慰めでしょうか。
いったいどんなものなのか----相手が自分に嘘をついているのがわかるというのは。人はしじゅう、毎日毎時、嘘をつく。愛する人に、見知らぬ人に、友人に、家族に、嘘をつく。......嘘はわれわれの存在を支える土台であり、DNAに組みこまれている。赤ん坊は一歳になる前から嘘泣きを覚え、二歳までにははったりを口にするようになる。四歳にもなれば立派な嘘つきで、五歳になるころにはあまりに突飛な嘘はなかなか信じてもらえないと学習する。
人が嘘をつくときはふつう、何かしら真っ当な理由があり、そこには最善を願う気持ちがある----家族の絆を保つため、人間関係を守って交友をつづけ、みんなを幸せにするため。それらはいい嘘であって、悪い嘘ではない。
イーヴィのことが心配でたまらない。一生、ふつうの人間関係も真の友情も経験できないのだから。見ず知らずの相手とのたわいない雑談もできず、新しく出会っただれかに共感することもない。何しろ、相手の発することばは、どんなに愉快で無邪気ものであっても、イーヴィの耳にはことごとく余分な重みを帯びて届くのだから。その瞬間イーヴィは知りたかったこと以上、予期していたこと以上のものを受け止めることになる。
人はみな、自分が真実を欲していると思っているが、実際はその逆だ。正直さは意地が悪く荒削りで卑劣だが、嘘はもっと親切でなめらかで、情け深くなりうる。わたしたちが欲しているのは正直さではなく、思いやりと敬意なのだ。
自分が愛のためならなんでもできる人間じゃないことはわかってる。
イーヴィの名前を呼んでみるが、歯を食いしばって嗚咽をこらえている。本物の涙を流して泣くのを見るのは、これでまだ二回目だ。イーヴィの苦しみから目をそらしたい衝動に駆られる。それはあまりに生々しくて深すぎる苦しみで、心が壊れる音を聞いているかのようだ。
胸が苦しくなるから、テリーの夢は見なかった。あたしが愛した人はみんな、引き離される。父さん、母さん、姉さん、テリーも大切な人だった。あたしを助けてくれた。そのテリーもいなくなった。
サイラスの言うとおりだ。あたしは何も忘れてない。その逆だ。あのころの記憶をたびたび取り出しては、そっと手のひらに載せ、打ち傷や切り傷や鋭い棘をひとつひとつたしかめてる。だからこそ、声や顔や叫び声を思い起こせる。
忘れるなんて、ありえない。
「警察の昔からの慣習ね」サシャは言う。「疑わしきは死者に責めを負わせよ」
闇は祝福にも拷問にもなるし、慰めにも重荷にもなる。
サイラスはあたしのことを利口すぎると言うけど、サイラスは頭がいい。頭がいいのと利口なのはちがう。頭がいいというのは、くだらないことをたくさん知ってるってこと。利口というのは、知ってるふりがうまいこと。サイラスは頭がいいけど、あんまり利口じゃない。あたしは利口すぎるから損してる。
『 天使の傷(上・下)/マイケル・ロボサム/越前敏弥訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
いよいよ『 天使の傷 』 下巻です。
話の後半から、事態の展開もテンポよく進み面白かった。
イーヴィは、普通の十八、九の女の子とは違うことが、よく分かります。
楽しいことが、何もなく生きてきたイーヴィ。読者にとっても、イーヴィがテリーとサイラスに出会えたことが唯一の慰めでしょうか。
いったいどんなものなのか----相手が自分に嘘をついているのがわかるというのは。人はしじゅう、毎日毎時、嘘をつく。愛する人に、見知らぬ人に、友人に、家族に、嘘をつく。......嘘はわれわれの存在を支える土台であり、DNAに組みこまれている。赤ん坊は一歳になる前から嘘泣きを覚え、二歳までにははったりを口にするようになる。四歳にもなれば立派な嘘つきで、五歳になるころにはあまりに突飛な嘘はなかなか信じてもらえないと学習する。
人が嘘をつくときはふつう、何かしら真っ当な理由があり、そこには最善を願う気持ちがある----家族の絆を保つため、人間関係を守って交友をつづけ、みんなを幸せにするため。それらはいい嘘であって、悪い嘘ではない。
イーヴィのことが心配でたまらない。一生、ふつうの人間関係も真の友情も経験できないのだから。見ず知らずの相手とのたわいない雑談もできず、新しく出会っただれかに共感することもない。何しろ、相手の発することばは、どんなに愉快で無邪気ものであっても、イーヴィの耳にはことごとく余分な重みを帯びて届くのだから。その瞬間イーヴィは知りたかったこと以上、予期していたこと以上のものを受け止めることになる。
人はみな、自分が真実を欲していると思っているが、実際はその逆だ。正直さは意地が悪く荒削りで卑劣だが、嘘はもっと親切でなめらかで、情け深くなりうる。わたしたちが欲しているのは正直さではなく、思いやりと敬意なのだ。
自分が愛のためならなんでもできる人間じゃないことはわかってる。
イーヴィの名前を呼んでみるが、歯を食いしばって嗚咽をこらえている。本物の涙を流して泣くのを見るのは、これでまだ二回目だ。イーヴィの苦しみから目をそらしたい衝動に駆られる。それはあまりに生々しくて深すぎる苦しみで、心が壊れる音を聞いているかのようだ。
胸が苦しくなるから、テリーの夢は見なかった。あたしが愛した人はみんな、引き離される。父さん、母さん、姉さん、テリーも大切な人だった。あたしを助けてくれた。そのテリーもいなくなった。
サイラスの言うとおりだ。あたしは何も忘れてない。その逆だ。あのころの記憶をたびたび取り出しては、そっと手のひらに載せ、打ち傷や切り傷や鋭い棘をひとつひとつたしかめてる。だからこそ、声や顔や叫び声を思い起こせる。
忘れるなんて、ありえない。
「警察の昔からの慣習ね」サシャは言う。「疑わしきは死者に責めを負わせよ」
闇は祝福にも拷問にもなるし、慰めにも重荷にもなる。
サイラスはあたしのことを利口すぎると言うけど、サイラスは頭がいい。頭がいいのと利口なのはちがう。頭がいいというのは、くだらないことをたくさん知ってるってこと。利口というのは、知ってるふりがうまいこと。サイラスは頭がいいけど、あんまり利口じゃない。あたしは利口すぎるから損してる。
『 天使の傷(上・下)/マイケル・ロボサム/越前敏弥訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
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