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ああ、桜が咲いてりゃそいつで花見だ 犯罪者下

2021年05月24日 | もう一冊読んでみた
犯罪者下/太田愛    2021.5.24    

『犯罪者上』 に、続き 『犯罪者下』 を読みました。

メルトフェイス症候群の元凶は、タイタスフーズが保育園に配ったサンプルにあった。
このことを、いかにして会社に認めさせるか。 そして、社会に公表させるのか。
事実の隠蔽を図る巨大企業タイタスは、最強な殺し屋、滝川を送り込んでくる。
鑓水、相馬、修司、烏山、中迫と滝川の追いつ追われつが面白い。

身代金誘拐事件では、お金の受け取りが難しいと言われる。
多額になれば、かさむし重たい。
佐々木邦夫は、いかなる方法で4億円を受け取るのか。 その方法は。
その方法を自分なりに考えるのも楽しかった。

このような作品では、次の但し書きをよく目にします。

 「本書は書き下ろしです。
 文中に登場する人物、団体名は実存するものとは一切関係ありません。」

このミステリでもワイドショーに政治評論家が登場するのですが、ああ、これ、あの人だ、あの政治ジャーナリストだとありありと分かるんですよね。
モデルとなる人物や、会社、社会で起こった事件などが、作品のなかにたくさん織り込まれています。
太田さんが訴えたかったことがよく分かりました。



これが真崎の最後にかわした言葉だった。

 「解った。任しときな」
 受話器の向こうから真崎の静かな声がした。
 「土産、外国の地酒でいいか」
 「ああ、桜が咲いてりゃそいつで花見だ」


 真崎には、この世で見てみたいものがあった。
 今、自分はそこに辿りつくレースの途上にあるのだと思った。それがどれほど常軌を逸した馬鹿げた企てであるか、充分に解っている。しかし、真崎はそのゴールにあるだろう風景を、どうしても見てみたかった。それが、多恵を失い雄太を死なせた自分が、なお生きている唯一つの理由なのだと思った。


 「・・・・・・真崎と最後に会った夜、凍結臨を見たんだ」
 中迫がポツリと呟いた。
 「凍結臨・・・・・・」
 修司は小さく繰り返した。
 「・・・・・・線路際に駆けつけたら、ちょうど凍結臨が高架に向かって上がっていくところでね。眩しいくらい一杯に灯りのついた無人の列車が雪の降る坂を上がって行くんだ。なんだか夢みたいでね。・・・・・・僕は『あれはどこ行くんだろうなぁ』って言ったんだ。変な話だけど、あの時は本当にそんなふうに思ったんだ。そしたら真崎は『まだ俺たちの見たことのない場所だ』って・・・・・・」
 修司は一度会ったきりの真崎・・・・・・不思議に明るい目をした真崎を思った。
 修司は、あの目が見たかったものを、自分もこの目で見てみたいと思った。


 この松本に来て、真崎が実現させたかった本当の計画を知った時、中迫は思った。真崎を動かしたものは、あのように理不尽に踏みにじられた、社会の外に置き去りにされていく者への身を切るような心寄せだったのだ。

 修司はしんとした無人の自転車置き場を見つめる。
 ありがとよ、坊主。
 あんたに会ったのはあの朝の一度きりだと思うと、なんだか不思議な気がする。
 俺は、生き延びるためにいつの間にか必死になってあんたのあとを追いかけてた。
 だから俺はあんたのことを少しばかり知っている。
 それから、あんたが中迫さんと最後に会った夜の凍結臨のこと。
 雪の日の真夜中、線路を凍らせないために走る凍結臨。
 すべての駅を通過してただ走るためだけに走る列車。
 そいつを追いかけて駆け出したあんたの気持ちが、俺はなんとなく解る気がする。
 眩しいくらい一杯に灯りのついた無人の列車が雪の降る坂を上がって行く。
 あの列車は俺たちのまだ見たことのない場所へ行く。あんたはそう言ったんだと中迫さんが教えてくれた。
 たぶんあんたは、俺が子どもの頃から知っている男に似てるんだ。
 六つか七つくらいの時に初めて見たあのおかしな男に。
 きっとたいていの人間は俺の頭がどうかしていると言うだろうが、俺は、あの朝ここでサンプルを運んでいたあんたに出くわしてよかったと思ってる。
 メルトフェイス症候群の子供たちは、真崎がこの世で見てみたかった現実の、今ようやっとスタートラインについたばかりなのだと修司は思う。
 雪の夜、真崎が追いかけた凍結臨の向こう、フロリダキーズはまだ誰も見ていない。


 ある程度は覚悟していたものの、暗闇から石を投げる時、人はこれほど残酷になれるものかと早季子は、心底、打ちのめされた。


    どれから読む? 太田愛の小説3作品(評者:佐久間文子)


    『 犯罪者(上・下)/太田愛/角川書店 』


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