■遭難信号/キャサリン・ライアン・ハワード 2018.10.1
キャサリン・ライアン・ハワードの 『遭難信号』 を読んだ。
面白かった。
ぼくたちは、主人公のアダム・ダンと一緒に、失踪した彼の恋人サラ・オコンネルの身に何が起こったのか。謎を追います。
何故、失踪したのか。
無事なのか。
今、どこでどうしているのか。
大切な誰かが失踪したら、誰でも思うであろう疑問。
物語の最後まで、追跡の旅は、続きます。
本が手放せません。サラが今どうなっているのか、それが知りたくてじりじりしながら読み続けました。
面白いミステリなのですが、青春恋愛小説でもあるのです。
この景色を眺めながら将来のことやふたりの夢について語り合った夜が、どれだけあっただろう。
そう、ぼくたちはそんなふうにして多くの夜を過ごした。
「あの写真はよかったな」
「ぜんぜんあなたらしくなかったわ」
「それでも、いい写真であることに変わりはないよ」
卒業したての若者たちは、実社会の強烈な光を浴びて目をしばたたくことになるわけだが、彼らの前にある選択肢はたったふたつ。失業手当を受けるための列にならぶか、カナダの就労ビザを取るための列にならぶか、どちらかだ。ゆえに、誰もが酒に走ることになる。
他に大酒を飲む理由がどこにある? つらさを紛らわせるため以外に? だって、お楽しみのためであるはずがない、そうだろう? 典型的な土曜日の夜遊び、しらふの悲しい気分で始まり、あんなに飲まなければよかったと後悔して終わるというのが、ぼくの持論だ。その始まりと終わりのあいだは、バーで飲み物を買うためにならび、クラブに入るためにならび、トイレの列にならび、箱に詰まった脂っこいフライドチキンを買うためにならび、帰りのタクシーの列にならびと、ただただ列にならんで過ごすことになる。
「どうしてあんな人たちのことを気にするわけ? あなたには夢があるのよ」
「ああ、そうだね」ぼくは、たいていそう応えた。「夢がね。しかし、今の状況はどうかな? 電話料金も自分じゃ払えていない」
「すてきな恋人がいるじゃない。あなたを信じている恋人が。その恋人には、あなたが夢を実現させるってわかっているの。疑いなんてなしにね」
「かけらも疑っていない?」
「ひとかけらも。ねえ、何か買って帰らない? お腹が減って死にそうだわ」
「そこまで信じる根拠はないよ。それと、残念だが店はもう閉まってると思うよ」
「根拠なんていらないわ。それが信じるってことじゃないの、アド。わたしは本気で信じてるのよ」
「こうなったのはサラのせいじゃないわ」彼女はぼくを見た。「アダム、わたしがあなたのことをいい人だと思っていることは知ってるでしょう? ほんとうにいい人よ。みんなそう思っている。でも、この十年間、あなたはいったい何をしてきたの? ええ、夢を追いかけてたことは、わかってるわ。でも、そのためにサラを犠牲にしてきたのよ。お金のことだけを言ってるんじゃない。サラの夢はどうなったの? サラにも夢があるかもしれないなんて、あなた考えたことある? わたしには、あなたが理解できないの。あなたはいつだって、夢を持っているのは自分ひとりだと思ってるようにしか見えない。他のみんなは、安定した暮らしに満足していると思ってるんじゃない?」
「あなたと別れる準備がね。ああ、ごめんなさい。あなたにとっては最悪よね。わたしだっていやな気分だわ。ほんとうよ。でも、サラはそう決めたの。いづれにしても、帰ってこないことには……」
反面、この物語は愛の存在しない青春小説でもあるのです。
これまでの自分は小さな暗い箱のなかで生きていたのだと、ロマンは考えるようになっていた。こんな暮らしがあるとは思ってもみなかった。他の人間たちは、常にこんなふうに感じているものなのだろうか? 温もりと安心感をおぼえ、誰かに求められ、自分を尊んで生きているのだろうか? ロマンは、なぜ自分は人とそんなにちがっていたのだろうかと考えた。そう……以前の自分はまったくちがっていた。誰もが心に闇を持っているというなら、温かな愛情がそれを押さえ込む働きをしているにちがいない。
暗闇。ロマンは、自分のなかにまだ闇は存在するのだろうかと、度々考える。今となっては、どれも昔のことだ。......
「闇が潜んでるんだよ、ママ。そいつが顔を出すんだ。おれには、どうすることもできない」
「闇は常に存在するの?」
沈黙がおりた。
「存在する」ロマンが答えた。
豪華クルーズ船セレブレイト号の船上で起こったことは.....
この二週間のあいだに学んだことがあるとすれば、これだ。真実を含んだ嘘ほど、うまい嘘はない。
『 遭難信号/キャサリン・ライアン・ハワード/法村里絵訳/創元推理文庫』
キャサリン・ライアン・ハワードの 『遭難信号』 を読んだ。
面白かった。
ぼくたちは、主人公のアダム・ダンと一緒に、失踪した彼の恋人サラ・オコンネルの身に何が起こったのか。謎を追います。
何故、失踪したのか。
無事なのか。
今、どこでどうしているのか。
大切な誰かが失踪したら、誰でも思うであろう疑問。
物語の最後まで、追跡の旅は、続きます。
本が手放せません。サラが今どうなっているのか、それが知りたくてじりじりしながら読み続けました。
面白いミステリなのですが、青春恋愛小説でもあるのです。
この景色を眺めながら将来のことやふたりの夢について語り合った夜が、どれだけあっただろう。
そう、ぼくたちはそんなふうにして多くの夜を過ごした。
「あの写真はよかったな」
「ぜんぜんあなたらしくなかったわ」
「それでも、いい写真であることに変わりはないよ」
卒業したての若者たちは、実社会の強烈な光を浴びて目をしばたたくことになるわけだが、彼らの前にある選択肢はたったふたつ。失業手当を受けるための列にならぶか、カナダの就労ビザを取るための列にならぶか、どちらかだ。ゆえに、誰もが酒に走ることになる。
他に大酒を飲む理由がどこにある? つらさを紛らわせるため以外に? だって、お楽しみのためであるはずがない、そうだろう? 典型的な土曜日の夜遊び、しらふの悲しい気分で始まり、あんなに飲まなければよかったと後悔して終わるというのが、ぼくの持論だ。その始まりと終わりのあいだは、バーで飲み物を買うためにならび、クラブに入るためにならび、トイレの列にならび、箱に詰まった脂っこいフライドチキンを買うためにならび、帰りのタクシーの列にならびと、ただただ列にならんで過ごすことになる。
「どうしてあんな人たちのことを気にするわけ? あなたには夢があるのよ」
「ああ、そうだね」ぼくは、たいていそう応えた。「夢がね。しかし、今の状況はどうかな? 電話料金も自分じゃ払えていない」
「すてきな恋人がいるじゃない。あなたを信じている恋人が。その恋人には、あなたが夢を実現させるってわかっているの。疑いなんてなしにね」
「かけらも疑っていない?」
「ひとかけらも。ねえ、何か買って帰らない? お腹が減って死にそうだわ」
「そこまで信じる根拠はないよ。それと、残念だが店はもう閉まってると思うよ」
「根拠なんていらないわ。それが信じるってことじゃないの、アド。わたしは本気で信じてるのよ」
「こうなったのはサラのせいじゃないわ」彼女はぼくを見た。「アダム、わたしがあなたのことをいい人だと思っていることは知ってるでしょう? ほんとうにいい人よ。みんなそう思っている。でも、この十年間、あなたはいったい何をしてきたの? ええ、夢を追いかけてたことは、わかってるわ。でも、そのためにサラを犠牲にしてきたのよ。お金のことだけを言ってるんじゃない。サラの夢はどうなったの? サラにも夢があるかもしれないなんて、あなた考えたことある? わたしには、あなたが理解できないの。あなたはいつだって、夢を持っているのは自分ひとりだと思ってるようにしか見えない。他のみんなは、安定した暮らしに満足していると思ってるんじゃない?」
「あなたと別れる準備がね。ああ、ごめんなさい。あなたにとっては最悪よね。わたしだっていやな気分だわ。ほんとうよ。でも、サラはそう決めたの。いづれにしても、帰ってこないことには……」
反面、この物語は愛の存在しない青春小説でもあるのです。
これまでの自分は小さな暗い箱のなかで生きていたのだと、ロマンは考えるようになっていた。こんな暮らしがあるとは思ってもみなかった。他の人間たちは、常にこんなふうに感じているものなのだろうか? 温もりと安心感をおぼえ、誰かに求められ、自分を尊んで生きているのだろうか? ロマンは、なぜ自分は人とそんなにちがっていたのだろうかと考えた。そう……以前の自分はまったくちがっていた。誰もが心に闇を持っているというなら、温かな愛情がそれを押さえ込む働きをしているにちがいない。
暗闇。ロマンは、自分のなかにまだ闇は存在するのだろうかと、度々考える。今となっては、どれも昔のことだ。......
「闇が潜んでるんだよ、ママ。そいつが顔を出すんだ。おれには、どうすることもできない」
「闇は常に存在するの?」
沈黙がおりた。
「存在する」ロマンが答えた。
豪華クルーズ船セレブレイト号の船上で起こったことは.....
この二週間のあいだに学んだことがあるとすれば、これだ。真実を含んだ嘘ほど、うまい嘘はない。
『 遭難信号/キャサリン・ライアン・ハワード/法村里絵訳/創元推理文庫』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます