宇治群島の釣りつづきー7
復讐戦
六分のいとがやっと届いた。待つ間の長かったこと。道具を付け替える間もモドかしく、エサつけもそこそこに今度こそきたれ、と投げ込む。
竿を連隊旗よろしく垂直に立て、それを両腕で抱き込むように抱えたまま座り込むと、途端にアタリがきて、いきなりグイッと竿を半円にシメ込んだ、
それからはもう何が何だか分からない、幾度も幾度も根本から腰を垂直に曲げた竿が,甲斐性もなく岩にへばりつくのを、必死に耐えて引き起こし、やっと強引にギリギリとまきあげると、流石は六分、ササラになりながらも水中の怪物を引き上げて来た。水面に浮かすとバカでかい口白、1貫八百はあろうという代物だった。
ハアハアと肩で息を切りながら、続いて前と同じ寸法で抛り込むと、また来た。こいつも凄い。後はもうサッパリ意識もなく、夢中になって、この重労働に従事した。
取り込んだのは全部で6枚だったが、その間、2寸のハリがアメのように伸びて外れたのが2回折れたのが1回、どうしても竿が立たずにワイヤが切れたのが3回で計6回、いくら釣ってもバラしても北鮮軍の人海作戦よろしく、後から後から新手、新手と喰いついて来る。
そしてこの悪戦苦闘にさすがの六分もハエズレの連続で、しまいには三分か二分の細さに瘦せ細る凄まじさ、これはもう釣りを楽しむ、という段階からほど遠い重労働であった。
午後2時頃急にアタリが遠のいた、底潮でも変わったのか、朝の8時からアタリづめに当たっていたのが噓のようにピタリと喰わなくなった。
私は岩の上にひっくり返って、長々と伸びた。疲労コンパイ、もうモノを言う気力もなかった。考えれば真夏のように照り付ける南海の直射日光の下、昼食も摂らずに、6時間余りも格闘していたのだ。ぐったりと精魂尽きるのも無理はない。あちらの岩の上で船頭氏が面白い釣り方をしているのが私の視野に入った。海に突き入れた竿にその時ちょうどアタリがあったらしく、彼は矢庭に竿をさっと後ろに引いた。竿を立てて合わせるのではない。そのままの格好で魚に引くだけ引かせておおむろに竿を持ったまま後へあとずさってハエを登、そこで竿をたぐり、ワイヤに手が届くと後はそれをつかんで引き上げた。簡単なことは簡単だが、これではワサつりの豪快さは味わえない、船頭氏が釣ったのは後にも先にもこの1枚だけだった。
しかし私の戦果も、6枚とったものの、10枚もばらしているのだから決して褒められたものではない、むしろ私の技術の未熟さを露呈した完敗というべきだろう。
続く