公演当日、せっかく東京へ来たので、東京駅近くの店で少し買い物をして、芸術劇場のある池袋へは6時40分頃に着く予定で山手線に乗った。すると秋葉原駅で緊急停止信号があり、電車は止まった。しばらくして、「京浜東北線の御徒町駅で人身事故があり、山手線内回りと京浜東北線は全線停止し、復旧にはかなり時間がかかる」とアナウンスされた。電車の乗客たちは降りて他の交通手段を探す人も多かったが、車内で待つ様子の人もそれ以上に多かった。劇は7時開演なので、地下鉄を使って乗り継いでいっても間に合わないであろうから、私はやむなく改札を出て、タクシーで行くことにした。運転手さんに池袋までの料金を尋ねると、3~4千円だという。これは山手線が動いていれば不要な金額だったので参ったと思ったが、他に方法もないので乗ることにした。論理的ではないが、このお金は、もし駅の不幸な事故で亡くなった人がいるとしたら、その方の霊に供える香典だ、とも思った。車窓から、行き交う人々と街並みを眺め(ペルシア絨毯の路面店もあった)、運転手さんと「先日の台風では殆どの人が早くに帰宅したため、タクシーに乗る客は少なかった」「そういえばあの夜は、深夜2時ごろに建物が揺れるほど強い雨風が吹き付けて、私は海上で嵐に遭遇している船の様子を想像していたが、事実塩害が起こるほどの海風だったので、あながち自分の感覚も間違いではなかった」などと取留めのない話をしているうちに、7時少し前に池袋に着いた。料金は3,200円ほどだった。
後日、新聞に小さい記事が載った。

『2018.10.12 東京新聞』