11月8日(日)に初日を迎える十一月場所を控えて、ある人気親方の定年の話題です。現役時代は、4代目・朝潮太郎として大関まで上った人気力士でした。特に近大出身の彼は、関西では絶大な人気を博し、いしいひさいち氏がタプチくんと並ぶ大スターとして漫画の人気キャラクターに取り上げました。
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私は、師匠のタカサゴ親方(元横綱・3代目朝潮太郎)のキャラクターが大好きでした(笑)
そして、4代目朝潮は「大ちゃん」と親しまれ、師匠としても横綱を育て(敢えてその四股名は申し上げません)、また現大関の朝乃山を育てました。色々と批判されたり、意見されたりしましたが、飄々とした性格で受け流す姿勢は頼もしくさえ感じました。師匠としての力量も高い方だったと拝察します。
その高砂親方が、12月9日で定年を迎えられます。初優勝の時には「阪神タイガース日本一の年に優勝できました」と語り、現役引退の際には「長嶋茂雄さんのようにかっこよく現役を去りたい」という風に、メディアに対してもサービス精神旺盛な方でした。人気が出たのもそういう部分が大きかったと思います。
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高砂親方、12月に65歳定年「いい師匠人生」 自身最後の本場所、朝乃山に「初日から3連敗はやめて」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b919d5320d614eb50671acfb5c63a60f9c07bd92
※以下、引用です。
12月9日に日本相撲協会定年の65歳の誕生日を迎える高砂親方(元大関・朝潮)が4日、師匠として最後の本場所となる11月場所(8日初日、両国国技館)を前にオンライン会見し、「いろんな問題を起こす横綱(朝青龍)もいた。少し落ち着いてきたら朝乃山がタケノコのように伸びてきた。いろんな意味で僕はついている。いい師匠人生を送らせてもらった」と笑顔で振り返った。
大関・朝乃山には「先場所のように初日から3連敗はやめてもらいたい。大関という地位を把握して自分の相撲を取り切ること」と期待を込めた。高砂部屋の後継者は「まだ決まっていません」と述べるにとどめた。自らは再雇用制度で参与として協会に残る意向を示した。
定年前のコメントにもユーモアセンスあふれる、優しい人柄がにじみ出ています。朝青龍(あっ! 名前を出してしまった)の勝手気ままな振る舞いに対して、「師匠の指導力不足」を強く批判され足りしましたが、あの横綱を操れる師匠は当時の角界にはいなかったでしょうし、逆に言えば優しい性格の親方には酷なメディア対応だったように思います。私はその会見内容よりも、親方が着用していたパイロットシャツの印象が強く残っています(笑)
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高砂親方、定年前に会見「いい師匠人生」元横綱・朝青龍引退は「かばいきれず自業自得」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba8afc3e9d1b6c5dfb590197539b7fe8ea68a232
※以下、引用です。
大相撲11月場所(8日初日、東京・両国国技館)後に65歳定年を迎える高砂部屋の師匠・高砂親方(元大関・朝潮)が4日、都内でリモート会見した。近大から角界入りして43年。師匠として元横綱・朝青龍、大関・朝乃山らを育てた大相撲人生を振り返った。
「(横綱に)なりたかった。でも、なれなかったからこそ親方になれた。今度は(横綱を)つくってやろうと。問題を起こす横綱もいた。少し落ち着いてきたら朝乃山がタケノコのように伸びてきた」
優勝25回の元朝青龍は一方で、モンゴル無断帰国、知人への暴力など問題行動で引退。当時は不祥事の対応に追われた。
「あれだけのことをやった。かばうにもかばいきれない。自業自得。本人にそう言っておいて」
定年後は年寄名跡を変更し、再雇用で日本相撲協会に残る。名門・高砂部屋には若松親方(元幕内・朝乃若)らが部屋付きでいるが「誰を後継者にするか決めないといけない」と熟考中だという。
近大の後輩、朝乃山の話題になると少しだけ頬が緩んだ。11月場所は師匠の有終を飾る賜杯が期待される。
「先場所のように初日から3連敗はやめてもらいたい」と笑いを交えつつ、「攻めの相撲と右四つの形を。頑張ってもらえたらそれでいい。いい師匠人生を送らせてもらった」
弟子の2度目Vは同時に、横綱昇進への足がかりとなる。高砂親方は“最後”の本場所を心待ちにした。(小沼 春彦)
◆朝青龍の主なトラブル
▼反則負け(03年) 名古屋場所5日目に旭鷲山のまげをつかみ、横綱史上初の失態。取組後、駐車場で旭鷲山の車のドアミラーを破壊し8日目の取組後には風呂場で旭鷲山とひじがぶつかり殴り合いになりかけた。
▼サッカー(07年7月) 名古屋場所後に高砂親方に無断で帰国。腰の疲労骨折などで夏巡業の休場届を出しながら中田英寿氏らとサッカーに興じた。2場所出場停止と4か月間、30%の減俸処分。
▼泥酔暴行問題(10年1月) 初場所6日目終了後に朝まで飲み西麻布の路上で泥酔し知人に暴行。警官とパトカーが出動する騒動に。責任を取って引退。
◆高砂 浦五郎(たかさご・うらごろう)本名・長岡末弘。1955年12月9日、高知・室戸市生まれ。64歳。現役時代のしこ名は朝潮(あさしお)で最高位は大関。「大ちゃん」の愛称で親しまれた。1978年春場所、幕下60枚目格付け出しで初土俵。同年名古屋で新十両、同九州場所で新入幕を果たすと、1985年春場所で初優勝。優勝1、殊勲賞10、敢闘賞3、技能賞1回。現役引退後は年寄・山響、若松と襲名し、2002年に第7代高砂を襲名。横綱・朝青龍や大関・朝乃山らを育てた。
何はともあれ、名物親方が定年を迎えます。再雇用制度を活用されるようなので角界には残られるのでしょうが、表舞台からは身を引くことになります。
長い間、大変お疲れ様でした。
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今後も角界の為にお力添えくださいね。
よろしくお願いします。