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70年続く洋食店が「メニューは一切変えない」と言い切る理由

2024年09月06日 12時06分47秒 | 食のこと
70年続く洋食店が「メニューは一切変えない」と言い切る理由





街角にひっそりと佇む昔ながらの洋食店。どんな街にも当たり前のようにある光景が、今、少しずつ姿を消しつつある。そんな町洋食の語り尽くせない本当のスゴさに迫る――。


 2021年02月24日

現代の料理人から過去の人物像に出会えるお店


グリルエフの歴史が詰まったデミグラスソース。一度、自身の舌で味わってみてほしい

 昭和25年にフランス料理店として創業した「グリルエフ」のデミグラスソースは他のどこにもない個性的な味わいだ。牛肉と香味野菜をふんだんに使って、大きな寸胴鍋で長時間煮込んだ、いわば「デミソースの素」は、最後それを丁寧にこすことでその量がたったの3分の1になってしまう。搾りカスはそのまま捨ててしまうしかない。 

 このソース、濃厚な旨味に加えて奥深い苦味と香ばしさも特徴だ。前回仕込んだソースの表面ににじみ出す脂を使い、茶色を超えて黒くなるまで炒められる小麦粉のルウがこの苦味と香ばしさを醸し出す。完成したデミグラスソースは前回仕込んだソースの残りと合わせられ、各種の料理に使われる。老舗うなぎ屋のタレのように、それは創業以来70年ずっと繰り返されてきた。 


 洋食店の魂ともいえるこのデミグラスソースの濃密な味わいを手軽に味わえるこの店の人気メニューがハヤシライスだが、私がそれより気に入っているのがオックステール。  

まさにクラシックフレンチ的な圧巻のボリュームで供されるそれは、ぶつ切りの牛の尾がやわらかく、しかしゼラチン質のヒキ(弾力)は残した絶妙な加減で煮込まれ、その全体を漆黒のデミグラスソースが覆っている。ソースだけすくって味見するとエスプレッソのような強い苦味を感じるが、それが肉と邂逅するとミラクルが起こるのだ。

  肉そのものより濃密な肉味。シェフ自慢のビーフシチューやタンシチューも同様の力強さに溢れている。

つけ合わせにもまた見過ごせない魅力が


 
デミグラスソースをふんだんに使用したオックステール(2600円)。肉厚で濃厚な味わいは、時間をかけた丁寧な仕事のうえに成り立つ逸品


 こういった肉料理に添えられるつけ合わせもまた見過ごせない魅力をたたえている。この日はインゲン、人参のグラッセ、筍のクリーム煮であった。  

これらのつけ合わせはだいたい1週間ごとに季節の野菜を取り入れて変更される。私が初めて訪れたときのつけ合わせは、忘れもしない小かぶのクリーム煮とラタトゥイユだった。 

 明治、大正まで洋食のつけ合わせはこういった温野菜が主流だったという。その後、戦時中の人手不足を理由に、千切りキャベツやスパゲッティなどの手のかからないものに変えられていき、日本洋食の独特なスタイルが確立していった。 

 それはそれでよきものではあるが、やはりこういうフランス料理然としたつけ合わせは背筋が伸びるし、何より楽しくておいしい。時代とともに大きく変化していくフランス料理の世界にあってメイン料理の仕立ては常に移り変わっていくが、つけ合わせは不思議とそのまま時代を超える。

  だからグリルエフの温野菜が現代のフランス料理におけるそれとほとんど差異がないのは、当然のことなのだがどこか不思議な感覚も覚える。甘さを加えていない人参のグラッセは、攻めた火入れの加減も含めてフランス料理らしさが横溢していた。


シェフのおすすめ・かきソーテー



冬期のみ提供されるかきソーテー(2000円)。かきを使ったメニューは他に、かきフライ(1700円)、かきチャウダー(1400円)がある


 冬期ならではのシェフのおすすめがかきソーテー(バター焼き)だ。 

 洋食屋のかきバターといえば、ニンニクバター油味でいかにも人懐こい甘辛味のご飯が進む一品を思い浮かべるが、グリルエフのそれはやはりというべきかそういう和に寄せた要素は一切ない。味つけはかきに振った塩コショウの下味のみ。それを「混合ワイン」とレモン汁のみで仕上げる。 

 混合ワインとは、ワインと日本酒、その他秘密の酒を混合した店独自のもの。具体的な配合を尋ねたら笑ってかわされてしまったが、これも創業以来のものだ。戦後しばらくは日本に良質のワインが入らず、洋食料理人は四苦八苦したという話を聞いたことがあるが、これもまたそんな時代に生み出された知恵の結晶なのかもしれない。 

 混合ワインが味に与える影響はわからないが、このかきバター焼きもまたまごうことなき西洋料理。かきそのものの濃い旨味がレモンで引き締められ、ライスより白ワインを合わせたくなる、澄み切った、かつ豊潤な味わい。





メニューは一切変えるつもりはないし、レシピも変えない」 



長谷川シェフが調理するかきソーテー。ベーコンも使用されており、塩味を加えている。つけ合わせはシンプルにパセリが添えられている

 フランス語交じりの流麗なメニュー表にはまだまだ数々の魅力的な料理が並んでいる。 

 コキール、フリカッセ、エスカロップなど、かつて定番だったが今となっては洋食屋のメニューからもフランス料理店のメニューからも消え去ってしまったそれらは、ほとんどの日本人にはどんな料理かすらわからないのではないだろうか。 

「メニューは一切変えるつもりはないし、レシピも変えない」 

 長谷川シェフはそう断言する。  

なぜならば初代シェフが作り出したそれは最初から完璧なものであり、現在それを作る自分は味見するたびにそのことを確信すると。そして、お客さんもそれをずっと支持してくれている。変える理由は何ひとつないとも。

メニュー表の筆記体からも理知的でしゃれ者めいた人柄が漂ってくる


稲田氏が洋食店で行う儀式の一つ“パセリの儀”。単体では苦手な人も多いだろうパセリをちぎり、散らすことで食べやすく風味も豊かにする


 45年前に18歳でこの店に入った長谷川青年は、その後十数年にわたって初代シェフ斎藤公男氏に師事した。その間、「斎藤さんはその技術の全てを自分に教えてくれた」と長谷川シェフは述壊する。 

 メニュー表は実は今でもその当時の斎藤シェフによる手書きをコピーしたものだ。価格だけを書き換えながら今もそのまま使用している。

  そんな話を聞きそのメニュー表を眺めていると、このストイックな子弟関係がどういったものであったか想像がかき立てられる。斎藤シェフは法政大学で英語を学び、一時期は外洋航路船の通訳としても活躍したという。当時の料理人としては珍しい「インテリ」である。メニュー表の筆記体からもなんとなくそんな理知的でしゃれ者めいた人柄が漂ってくるようだ。 

「修業はつらかったでしょう」と尋ねた私に長谷川シェフは「別にそんなことはありませんでした」と即答した。 

 もしかしたら斎藤シェフは卓越した料理人というだけでなく最良の師匠であり上司でもあったということなのかもしれない。いや、きっとそういう魅力的な人物であったに違いない。

  お店と料理と現代の料理人を通して過去の人物像に出会える。こういうのもまた歴史ある店を巡る楽しみの一つなのだろう。 

【稲田俊輔】

グリルエフ
東京都品川区東五反田1-13-9
ランチ11時~14時30分(ラストオーダー14時)、ディナー17~21時(ラストオーダー20時40分)、日曜祝祭日定休
昭和25年創業の老舗洋食店。レンガ造りの外観や入り口の内装なども創業当時のままだという
(コロナの影響により営業時間はお店にご確認ください)


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