ここからは、名古屋市の最南端に位置する緑区をあるきます、名鉄電車駅「鳴海」でおりました、會ての東海道40番目の「鳴海宿」の処です。
駅を降りて直ぐ「扇川」が流れその右岸に「中島砦跡」がありました、ここは永禄2年(1559年)織田信長が今川義元の侵攻に備えて築いた砦だそうで、絵の一番左手にあり一般家庭の庭の一画として保存された場所でした、此処より南に「桶狭間」はあります。
ここからは、名古屋市の最南端に位置する緑区をあるきます、名鉄電車駅「鳴海」でおりました、會ての東海道40番目の「鳴海宿」の処です。
駅を降りて直ぐ「扇川」が流れその右岸に「中島砦跡」がありました、ここは永禄2年(1559年)織田信長が今川義元の侵攻に備えて築いた砦だそうで、絵の一番左手にあり一般家庭の庭の一画として保存された場所でした、此処より南に「桶狭間」はあります。