ださいたま 埼玉 彩の国  エッセイ 

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"相撲県”狙う埼玉県

2019年04月01日 12時57分50秒 | スポーツ・自転車・ウォーキング


19年3月27日、平成の最後19年春場所の後に貴景勝(たかけいしょう 22)が入門から丸4年で関脇から大関に昇進、豪栄道(32)に並んで大関二人の地位を埼玉県関係力士が占めた。これに先立ち、同年2月には北勝富士(ほくとふじ 26)が前頭2枚目から小結に昇進した。

貴景勝が兵庫県芦屋市、豪栄道が大阪府寝屋川市と、出身地こそ埼玉県ではないものの、出身校はいずれも高校相撲の名門埼玉栄高(さいたま市西区)である。埼玉栄出身力士は、角界の一大勢力になろうとしている。

北勝富士は生まれながら埼玉県の所沢市出身で、19年2月26日前頭2枚目から小結昇進が決まった時には、「県内出身が三役の小結になるのは、1959年若秩父(秩父市出身)以来60年ぶり」と騒がれた。若秩父は秩父農工科学高出身で、関脇で引退した。

北勝富士の相撲との関わりは、小学年のとき所沢市のわんぱく相撲に応募したのが初めてで、入間少年相撲クラブで稽古に励んだ。その後日体大2年で大学横綱になった。北勝富士は昇格の際、同クラブを訪れ、西沢正夫監督(56)の元で練習する後輩11人と交流した。

貴景勝が相撲を始めたのは小学3年。相撲好きの父親からスパルタ教育を受けた。兵庫・報徳学園中3年で中学横綱に輝き、大相撲入りを考えていた。

貴景勝に埼玉栄高校進学を勧めたのが、同校相撲部の山田道紀監督だった。「けがをしない体を高校でつくってプロに行け」と何度も兵庫に足を運んで説得に当たった。

監督は、相撲の名門校である兵庫県市川高校出身で、日大相撲部時代、全日本体重別無差別級で準優勝、1988年から埼玉栄高相撲部の監督を務めている。埼玉栄高校は学校法人佐藤栄学園が経営する私立中高一貫校で、設置学科に「保健体育科」があるのが特徴で、相撲以外のスポーツでも全国的に活躍している。

 年齢から見て埼玉栄出身力士のトップになる豪栄道は、本名の豪太郎の「豪」に埼玉栄の「栄」、監督の道紀の「道」から一字ずつもらってしこ名をつけているほど結束は固い。

19年3月場所現在で、平幕妙義龍(32)を含め十両以上の関取10人、幕下以下にも元横綱大鵬の孫の納谷(19)、春場所で初土俵を踏んだ高校個人5冠の北の若(18)ら若手の有望力士もそろっている。

 

 

 

 



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