新古今和歌集の部屋

歌論 九たび歌よみに与ふる書



                    正岡子規

 一々論ぜんもうるさければ只々二三首を擧げ置きて金塊集以外に遷り候べく候。

【金塊集部分略】

 新古今に移りて二三首を擧げんに
  なこの海の霞のまよりながむれば入日を洗ふ沖つ白波
                                   (實 定)

 此歌の如く客観的に景色を善く写したるものは新古今以前にはあらざるべく、これらも此集の特色として見るべき者に候。惜むらくは「霞のまより」といふ句が瑾にて候。一面にたなびきたる霞の間といふも可笑しく、縦し間ありともそれは此の趣向に必要ならず候。入日も海も霞みながらに見ゆるこそ趣は候なれ。

  ほの/”\と有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風
                                   (信 明)

 これも客観的の歌にてけしきも淋しく艶なるに語を畳みかけて調子取りたる處いとめづらかに覺え候。

  さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵を並べん冬の山里
                                   (西 行)

 西行の心はこの歌に現れ居候。「心なき身にも哀れは知られけり」などいふ露骨的な歌が世にもてはやされて此歌などは却て知る人少きも口惜く候。庵を並べんといふが如き斬新にして趣味ある趣向は西行ならでは得言はざるべく、特に「冬の」と置きたるも亦尋常歌よみの手段にあらずと存候。後年芭蕉が新に俳諧を興せしも寂は「庵を並べん」などより悟入し、季の結び方は「冬の山里」などより悟入したるに非ざるかと被思候。

  閨の上にかたえさしおほひ外面なる葉廣柏に霰ふるなり
                                   (能 因)

 これも客観的の歌に候。上三句複雑なる趣を現さんとて稍々混雑に陥りたれど葉廣柏に霰のはじく趣は極めて面白く候。

  岡の邊の里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風
                                   (慈 圓)

 趣味ありて句法もしつかりと致し居候。此種の歌の第四句を「答へで」などいふが如く下に連続する句法となさば何の面白味も無之候。

  さゞ波や比良山風の海吹けば釣する蜑の袖かへる見ゆ
                                   (読人しらず)

 實景を其儘に写し些の巧を弄ばぬ所却て興多く候。

  神風や玉串の葉をとりかざし内外の宮に君をこそ祈れ
                                   (俊 惠)

 神祇の歌といへば千代の八千代のと定文句を並ぶるが常なるに此歌はすつぱりと言ひはなしたる、なか/\に神の御心にかなふべく覺え候。句のしまりたる所、半ば客観的に叙したる所など注意すべく、神風やの五字も訳なきやうなれど極めて善く響き居候。

  阿耨多羅三藐三菩提の佛たちわが立つ杣に冥加あらせたまへ
                                   (傳 教)

 いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有にて、これを詠みたる人もさすがなれど、此歌を勅撰集に加へたる勇気も稱するに足るべくと存候。第二句十字の長句ながら成語なれば左迄口にたまらず、第五句九字にしたるはことさらにもあらざるべけれど、此所はことさらにも九字位にする必要有之、若し七字句などを以て止めたらんには上の十字句に對して釣合取れ不申候。初めの方に字余りの句あるがために後にも字余りの句を置かねばならぬ場合は屡々有之候。若し字余りの句は一句にても少なきが善しなどいふ人は字余りの趣味を解せざるものにや候べき。
                          (明治三十一年三月三日)


○なごの海
春歌上 35 後徳大寺左大臣
○実定
藤原実定(1139~1191年)公能の子。詩、管弦も優れる。
○ほの/”\と
冬歌 591 源信明朝臣 こと御屏風歌 和漢朗詠集
○信明
源信明(910~970年)公忠の子。陸奥守。中務と恋愛関係にあった。三十六歌仙の一人で屏風歌が多く残る。
○さびしさに
冬歌 627 西行法師
○西行
(1118~1190年)俗名佐藤義清。23歳で出家諸国を行脚。
○心なき身にも哀れは知られけり
心なき身にもあはれは知られけりしぎたつ澤の秋の夕ぐれ
秋歌上 362 西行法師
○閨の上にかたえさしおほひ
冬歌 655 能因法師
○能因
(988~?) 俗名橘永やす。出家して摂津古曾部に住んだので古曾部入道と呼ばれる。藤原長能に和歌を学び、諸国を行脚し、歌枕を訪ねた。
○岡の邊の
雑歌中 1673 前大僧正慈圓
○慈円
(1155~1225年)藤原忠通の子兼実の弟。天台宗の大僧正で愚管抄を著す。
○さゞ波や
雑歌下 1700 よみ人しらず 万葉集 第九巻 1715 槐本の歌
○神風や
神祇歌 1883 俊惠法師
○俊恵
(1113~?)源俊頼の子。東大寺の歌林苑の月次、臨時の歌会を主催。鴨長明は弟子にあたる。
○阿耨多羅三藐三菩提の佛たち
釋教歌 1921 傳教大師
○傳教
最澄(767~822)日本天台宗開祖。比叡大師、比叡山延暦寺山家大師、根本大師ともよばれる。傳教大師は勅諡。
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