正岡子規
【前半略】
心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花
(古今和歌集 秋歌下)
此躬恒の歌百人一首にあれば誰も口ずさみ候へども一文半文のねうちも無之駄歌に御座候。此歌は嘘の趣向なり、初霜が置いた位で白菊が見えなくなる氣遣無之候。趣向嘘なれば趣も糸瓜も有之不申、蓋しそれはつまらぬ嘘なる故につまらぬにて、上手な嘘は面白く候。例えば
「鵲のわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」
(冬歌 620 大伴家持)
面白く候。躬恒のは瑣細な事を矢鱈に仰山に述べたのみなれば無趣味なれども、家持のは全く無い事を空想で現はして見せたる故面白く被感候。嘘を詠むなら全く無い事、とてつもなき嘘を詠むべし、然らざれば有の儘に正直に詠むが宜しく候。雀が舌を剪られたとか、狸が婆に化けたなどの嘘は面白く候。今朝は霜が降つて白菊が見えんなどと真面目らしく人を欺く仰山的の嘘は極めて殺風景に御座候。「露の落つる音」とか「梅の月が匂ふ」とかいふ事をいふて樂しむ歌よみが多く候へども是等も面白からぬ嘘にて候。総て嘘といふものは一二度は善けれど、たび/\詠まれては面白き嘘も面白からず相成申候。況して面白からぬ嘘はいふ迄も無く候。「露の音」「月の匂」「風の色」などは最早十分なれば今後の歌には再び現れぬやう致したく候。「花の匂」などいふも大方は嘘なり。櫻などには格別の匂は無之、「梅の匂」でも古今以後の歌よみの詠むやうに匂ひ不申候。
【後半略】
(明治三十一年二月二十三日)
○躬恒
凡河内躬恒 平安前期の歌人。三十六歌仙の一人。古今和歌集の撰者。
○家持
大伴家持(718?~785年)旅人の子越中守、万葉集の編者の一人とみなされている。
○露の音
不詳
○月の匂
春の色に霞染めけりひととせの月の匂ひや今日の三日月
○風の色
八重葎秋の分け入る風の色を我先にとぞ鹿は鳴くなる(玉葉集 藤原定家)
月影に移ろふ波に乱れ行く野島が崎の秋風の色 (建保名所百首 俊成卿女)
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