いまはさりともと思ひたゆみたりつるに、あさましけ
れば、とのゝうちの人ものにぞあたりまどふ。所ゞの御
とふらひのつかひなど立こみたれど、えきこえつ
かす、ゆすりみちて、いみじき御心まとひともいと
おそろしきまでみえ給。御ものゝけのたび/\とり
いれ奉りしをおぼして、御まくらなどもさながら、
二三日みたてまつり給へど、やう/\かはり給ことゞ
ものあれば、かぎりとおぼしはつるほど、たれも/\
いといみじ。大将とのはかなしきことにそへて、世中
をいとうきものにおほししみぬれば、たゞならぬ
御あたりのとふらひどもゝ、心うしとのみぞなべて
おぼさるゝ。ゐんにおぼしなげきとふらひきこえさせ
給さま、かへりておもだゝしげなるを、うれしきせも
まじりて、おとゞは御なみだのいとまなし。人の申
にしたがひて、いかめしきことゞもを、いきやかへり給
と、さま/"\のこることなく、かつそこなはれ給ことゞ
ものあるを見る/\も、つきせずおぼしまどへどかひ
なくて、日ごろになればいかゞはせんとて、とりべのに
ゐて奉るほどいみじげなることおほかり。こなた
かなたの御をくりの人ども、てら/"\のねんぶつのそ
うなど、そこらひろき野にところもなし。ゐんを
ばさらにも申さず。きさいのみやとうぐうなとの御
つかひ、さらぬところ/"\のもまいりちがひて、あ
かずいみじき御とふらひをきこえ給。おとゞは
えたちもあかり給はず。かゝるよはひのすゑ
に、わかくさかりの子にをくれたてまつりて、もこよ
ふことゝはぢなき給ふを、こゝらの人かなしう
みたてまつる。夜もすがらいみじうのゝしりつる
ぎしきなれど、いともはかなき御かはねばか
りを御なごりにて、あかつきふかくかへり給。つね
のことなれど、人ひとりがあまたしもみ給はぬ
ことなればにや、たぐひなくおぼしこがれたり。八月
廿日余りのありあけなれば、そらのけしきもあ
今はさりともと思ひたゆみたりつるに、あさましければ、殿の内の人もの
にぞあたり惑ふ。所々の御弔いの使ひなど立ちこみたれと、え聞こえつかず、
揺すり満ちて、いみじき御心惑ひども、いと恐ろしきまで見え給ふ。御物
の怪の度々取り入れ奉りしをおぼして、御枕などもさながら、二三日見奉
り給へど、やうやうかはり給ふことどものあれば、限りとおぼし果つるほ
ど、誰も誰もいといみじ。
大将殿は、悲しきことに添へて、世の中をいと憂きものにおほし染みぬれ
ば、ただならぬ御辺りの弔ひ共も、心憂しとのみぞ、なべておぼさるる。
院におぼし嘆き、弔ひ聞こえさせ給ふ樣、かへりて面立たしげなるを、嬉
しき瀬も混じりて、大臣は御涙の暇無し。人の申すに従ひて、厳しき事共
を、生きやかへり給ふと、樣々残る事無く、かつ損なはれ給ふ事共のある
を見る見るも、尽きせずおぼし惑へど甲斐無くて、日頃になれば、如何が
はせんとて、鳥辺野に居て奉る程、いみじげなる事多かり。
こなたかなたの御送りの人共、寺々の念仏の僧など、そこら広き野に所も
無し。院をば更にも申さず。后の宮、春宮なとの御使ひ、さらぬ所々のも
参りちがひて、飽かずいみじき御弔ひを聞こえ給ふ。大臣は、え立ちも上が
り給はず。「係る齢の末に、若く盛りの子に遅れ奉りて、もごよふ事」と
恥泣き給ふを、ここらの人悲しう見奉る。夜もすがらいみじう罵しりつる
儀式なれど、いとも儚き御屍ばかりを御名残にて、暁深く帰り給ふ。常の
事なれど、人一人が、数多しも見給はぬ事なればにや、類ひなくおぼし焦
がれたり。八月廿日余りの有明なれば、空の景色も哀