鞍馬天狗 五番目物 宮増
鞍馬山の僧達が、花見をしていると不躾な山伏が乱入し、興を妨げられた一行は引き上げてしまうが、一人の稚児(牛若、沙那王)は山伏に声をかける。沙那王が自分が源氏だと告げると、山伏は同情して、吉野や初瀬の桜見物を通力で案内する。そして自分が鞍馬山の大天狗と明かし、飛び去り、次の日沙那王の前に大天狗が眷属を連れ現れ、兵法の奥義張良一巻の書を伝え、源氏再興の助力を約束して消える。
前ジテ:山伏 後ジテ:大天狗 前子方:牛若 後子方:牛若 子方:東谷稚児 ワキ:東谷僧 ワキヅレ:従僧 オモアイ:西谷能力 アドアイ:小天狗
シテ 遙かに人家を見て、花あれば便入、論せず貴賤と親疎とを辨へぬこそ、春の慣ひと聞ものを、憂き世に遠き鞍馬寺、本尊は大悲多聞天、慈悲に洩れたる人々哉。
ウシ 實や花の本の半日の客、月の前の一夜の友、それさへ誼はある物を、あら痛はしや近ふ寄て花御覽候へ
シテ 思ひよらずや松蟲の、音にだに立てぬ深山櫻を、御訪ひの有難さよ此山に
ウシ ありとも誰か白雲の、立交じはらねば知人なし
シテ 誰をかも知る人にせん高砂の
ウシ 松も昔の
シテ 友烏の。
同 御物笑ひの種蒔くや、言の葉繁き戀種の、老をな隔てそ垣穂の梅、扨こそ花の情なれ、華に三春の約あり、人に一夜を馴れ初めて、後いかならんうちつけに、心空に楢柴の、馴れはまさらで、戀のまさらむ悔しさよ。
※楢柴の馴れはまさらで、戀のまさらむ
巻第十一 戀歌一 1050 柿本人麻呂
題しらず
み狩する狩場の小野のなら柴の馴れはまさらで戀ぞまされる
シテ後 抑是は、鞍馬の奧僧正が谷に、年經て住める、大天狗なり。
地 先御供の天狗は、たれ/\ぞ筑紫には
シテ 彦山の豊前坊
地 四州には
シテ 白峰の相模坊、大山の伯耆坊
地 飯綱の三郎富士太郎、大峰の前鬼が一党、葛城高間、よそまでもあるまじ、辺土におひては
シテ 比良
地 横川
シテ 如意が嶽
同 我慢高雄の峰に住むで、人のためには愛宕山、霞とたなびき雲と成て
シテ 月は鞍馬の僧正が
地 谷に満ち/\峰を動かし。
地 嵐木枯、瀧の音、天狗倒しは、おびたゝしや。
※葛城高間、よそまでもあるまじ
巻第十一 戀歌一 990 よみ人知らず
題しらず
よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山のみねのしら雲