建礼門院樣が、大原の寂光院にいらっしゃるということ(元暦二年(1185年)7月以降)は、お聞きしておりましたが、取り次いで案内していただける人(面会を許可できる源氏方?)を知りませんでしたから、お訪ねする方法も無かったのですが、女院をお慕いする深い心を頼りにして、無理に訪ね申し上げましたが、だんだん大原に近づくにつれ、侘びしい山道の樣子から、まず涙が先に溢れて、言いようもなく悲しく、寂光院の庵のお住まいの御樣子、お暮らしぶりなど、すべてまともに見てられませんでした。
昔の栄華の御有り様を、拝見したことのない人ですら、大体の事柄の有り樣を拝見して、どうしてこれが普通の御暮らしぶりだと思えましょうか。ましてや昔の御姿を拝見している私としては、夢とも現実とも言いようがございません。
秋も深まった山おろしの風が、近い梢に響きあって、懸け樋の微かな水音、鹿の声、虫の音、どこの山里でも同じことなのでしょうが、私には例の無い悲しさでございました。都に居られた時は、この世の春をおう歌して錦の着物を着て(※見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける 素性 古今)仕えしていた人々が、六十人余りいたけれど、今では誰だったか見忘れるくらいにみすぼらしい尼僧の姿して、わずかに三、四人ばかりお仕えしておられる。その人々とも「それにしてもまあ」とばかりに、私もその方々も言い出だしたりして、むせび泣き、涙でいっぱいになって、言葉も続けられませんでした。
今や夢昔や夢と迷はれていかに思へどうつつとぞなき(風雅集 雑下)
(今の詫び住まいが夢なのか、昔の栄華が夢なのか迷ってしまい、どう考えても現実のことと思われません)
(本歌 忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見むとは 伊勢物語八十三段 在原業平)
仰ぎ見し昔の雲の上の月かかる深山の影ぞ悲しき
(昔、宮中で拝見致しました雲の上の月の樣にお美しかった建礼門院樣が、この樣な深山にお住まいの御樣子を拝見致しますとは悲しいことであります。)
(参考歌 雲の上に掛かる月日の光見る身のちぎりさえ嬉しとぞ思ふ 右京大夫集)
花の美しさ、月の光に例えても、一通りの表現では満足できない程の昔の御姿が、別人ではないかと思われるほど(※我が身こそあらぬかとのみたどらるれとふべき人に忘られしより 小野小町 新古今)昔から衰えて、この樣なおいたわしい御姿を拝見しながら、何の楽しい思い出もない都(※月見ればまず故里ぞ忘られぬ思ひ出もなき都なれども 行尊 続拾遺)へ、ならば何故帰ろうとしている心が、嫌でとても辛く思われます。
山深くとどめおきつるわが心やがてすむべきしるべとをなれ
((建礼門院樣のお住まいになる)この山深い大原に残して置いてきた私の心が、やがて出家するという導きの道標となっておくれ
すむは、(月の)澄む、(大原に)住む(女院にお仕えする)の他に(行い)済む(出家する)の掛詞。)
女院、大原におはしますとばかりは聞きまゐらすれど、さるべき人に知られでは參るべきやうもなかりしを、深き心をしるべにて、わりなくて尋ねまゐるに、やうやう近づくままに、山道のけしきより、まづ涙は先立ちて言ふ方なきに、御庵のさま、御住まひ、ことがら、すべて目も当てられず。昔の御有様見まゐらせざらむだに、大方のことがら、いかがこともなのめならむ。まして、夢うつつとも言ふ方なし。
秋深き山おろし、近き梢に響きあひて、懸樋の水のおとづれ、鹿の声、虫の音、いづくものことなれど、例なき悲しさなり。都ぞ春の錦を裁ち重ねて候ひし人々、六十余人ありしかど、見忘るるさまに衰へはてたる墨染めの姿して、僅かに三四人ばかりぞ候はるる、その人々にも、さてもやとばかりぞ、我も人も言ひ出でたりし、むせぶ涙におぼほれて、すべて言も続けられず。
今や夢昔や夢とまよはれていかに思へどうつつとぞなき
仰ぎ見し昔の雲の上の月かかる深山の影ぞかなしき
花のにほひ、月の光にたとへても、一方には飽かざりし御面影、あらぬかとのみたどらるるに、かゝる恩事を見ながら、何の思ひ出なき都へとて、されば何とて帰るらむとうとましく心憂し。
山深くとどめおきつるわが心やがて住むべきしるべとをなれ
参考図書
現代語訳日本の古典 11 和泉式部・西行・定家他 辻邦生/訳 河出書房新社
新編日本古典文学全集 47 建礼門院右京大夫集・とはずがたり 久保田淳/校注・訳 小学館
新潮日本古典集成 建礼門院右京大夫集 糸賀きみ江/校注 新潮社
和歌文学大系 23 式子内親王集/建礼門院右京大夫集/俊成卿女集/艶詞 久保田淳/監修 明治書院
日本古典文学大系 平安鎌倉私家集 久松潜一 校注 岩波書店
日本詩人選 13 建礼門院右京大夫 中村真一郎 著 筑摩書房
NHK高校講座 ライブラリー 古典 第74回 私家集と歌論 建礼門院右京大夫集 お茶の水女子大学附属高等学校教諭 荻原 万紀子講師