新古今和謌集巻第九
あふさかのせきちかきわたりにすみ
侍けるにとをき所にまかりける人に
餞し侍るとて
中納言兼輔
あふさかのせきにわがやどなかりせば
隆
わかるゝ人はたのまざらまし
寂昭上人入唐し侍けるに装束
をくりけるにたちけるをしらで
をひてつかはしける
読人しらず
定 きならせとおもひしものをたび衣
隆
雅 たつ日をしらずなりにけるかな
返し 寂昭法師
定 これやさはくものはたてにをるときく
隆
雅 たつことしらぬあまのは衣
題しらず 源重之
衣河見なれし人のわかれには
有 たもとまでこそなみはたちけれ
みちのくのすけにてまかりける
とき範永朝臣のもとにつかはしける
ゆくすゑにあぶくまがはのなかりせば
有 いかにかせましけふのわかれを
注 選者名注記について
新古今和歌集の異本には、新古今和歌集選者の名前が歌の頭部に略語で記載されているものがある。この断簡は、衛=通具、有=有家、定=定家、隆=家隆、雅=雅経とある。
この注記を、烏丸本(天理大学図書館蔵)、尊経閣本(前田家本)、穂久邇文庫本(岩波文庫)、柳瀬本(武田祐吉蔵)、合点本(宮内庁)と比較すれば、
伝兼好 烏丸本 尊経閣 穂久邇 柳瀬本 合点本
貫之 定隆 定隆 定隆 定隆 定隆 定隆
伊勢 有隆 有定 有隆 有隆 有隆 有隆
紫式部 衛定隆 衛定隆 衛定隆 定隆 衛定隆 定隆
能宣 定雅 定雅 定雅 定雅 定雅 定雅
貫之 隆 隆 隆 隆 隆 隆
兼輔 隆 隆 隆 隆 隆 隆
不知 定隆雅 定隆雅 ナシ 定隆雅 定隆雅 定隆雅
寂昭 定隆雅 定隆雅 定隆雅 定隆雅 定隆雅 定隆雅
重之 有 有 有 有 有 有
経重 有 ナシ 有 有 有 有
となる。伊勢の烏丸本だけ定家が撰歌したことになっている。
紫式部歌には、衛と通具の撰歌と分かるが、穂久邇本、合点本は通具撰歌注記が無い。
選者名注記の記載方法には、前述の他に、|一二三やナ、宀の部首を記載するものもある。後藤重郎氏の新古今和歌集基礎的研究によれば、通具のある衛有定隆雅表記は、
穂久邇文庫甲、柳瀬本、武田蔵一本、武田蔵近藤盛行本、尊経閣本、後藤重郎坂上某本、宮内庁永禄七年本、藤井隆氏蔵本、後藤重郎蔵大島永享三年本、東大図書館有栖川宮本、中田剛直蔵伝後小松院本となっている。
吉田兼好は、二条為世に和歌を学んだ二条派の四天王としていることから、伝吉田兼好としても伝二条家筆のものも上記にあることから、二条派の新古今和歌集と書写したものであると言って良い。
※たまぼこのの詞書
「下り侍りける」とあるのは、東大本(国文学研究室蔵)、伝親元本(久保田純氏蔵)「下りける」、鷹司本(宮内庁書陵部)「下る」とある。