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師ことずくなゝる
しらぬ心ちして、なやましくなどことなし
なるさま也 三無骨也。ぶこつなるさま
び給ふを、しゐていふもいとこちなし。げす
なるべし
/"\しき法師ばらなどあまたきて、僧
細爰なる人の使に問也
都けふおりさせ給べし。などにはかにはと
下僧の詞今上女一宮也
とふなれば、一品の宮の御もゝけになやま
ざす
せ給ける。山の座主ず法つかまつらせたま
へど、なをそうづまいらせ給はではしるし
ふた 夕ぎり也
なしとて、きのふ二たびなんめし侍し。左大臣
殿の四位の少将、よべ夜ふけてなんのぼりお
三明石中宮也
はしまして、后の宮の御ふみなど侍けれ
細僧都の面目也といへり
ばおりさせ給なりなど、いとはなやかに
細手習君の心也
いひなす。はづかしくとも、あひてあまになし
頭注
げす/"\しき法師ばらな
どあまたきて僧都けふお
りさせ 抄小野へおはせ
んとなり。
左大臣殿の四位少将
イ本右のおとどの四位少
将 三夕霧の息也。
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細尼君長谷寺への留守なれば也。師出家を
給てよといはん。さかしら人すくなくてよき
妨げる人なき也 細手習君此尼君に
おりにこそと思へば、おきて、心ちのいとあし
申給ふ也
うのみ侍りを、僧都のおりさせ給へらんに、
いむことうけ侍らんとなん思侍りを、さやう
細大尼君●状有也
に聞え給へとかたらひ給へば、ほけ/\し
ううちうなづく。れいのかたにおはして、かみ
はあま君゙のみけづり給をことびとにてふ
れさせんもうたておぼゆるに手づから
はたえせぬことなれば、たゞすこしとき
くだして、おやにいま一たびかうながらの
さまをみえずなりなんこそ、人やりなら
ずいとかなしけれ。いたうわづらひし
頭注
いむことうけ侍らん
三俗ながらも戒をう
くる事也。
れいのかたにおはして
いつも手習君のおはし
ます方也。今までは
大尼君のかたにおはせし
也。
おやにいま一たびかうなが
らの 三かはらぬ姿を
母に見せばやと也。手習
の心也。
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けにや、かみもすこしおちほそりにたる心ち
すれどなにばかりもおとろへず。いとおほ
くて、六尺ばかりなるすゑなどぞ、いとう
つくしかりける。すぢなどもいとこまかに
うつくしげなり。√かゝれとてしもとひとりごち
ゐ給へり。くれがたにそうづものし給へり。南
マロ細圓頂は法師の事也
おもてはらひしつらひて、丸なるかしらつ
きども、行ちがひさはぎたるも、れいにかは
手習君の心也 細僧都也。師大尼のかたへ也
りていとおそろしき心ちす。母の御かたに
細尼君を東の
まいり給て、いかにぞ月比゙はなどいふ。東の御
御方といふなるべし。孟大尼のむすめの尼の事也
方は物まうでし給にきとか。このおはせし
細手習君也。僧都の詞也 抄大尼の詞
人は、なを物し給やなどとひ給ふ。しかこゝに
頭注
かゝれとてしも 細√たらち
ねはかゝれとてしもうば
玉のわが黒髪をなでず
やありけん 愚案後撰集此
哥の詞書にはじめてか
かしらおろし侍けるとあり
上ノ詞に親にいま一度か
うながらのさまを見
えずなりなんこそな
どいへる心より、かく思ふ
なり。尤哀也。抄同義。
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手習の事をいふ也
とまりてなん。こゝちあしとこそものし給て、
いむことうけたてまつらんとの給つるとかた
細僧都也。孟僧都の手習のかたへまいり給ふ也
る。たちてこなたにいまして、こゝにやおは
孟手
しますとて、木帳のもとにつゐゝ給へば、つゝ
習君也 細僧都の
ましけれど、ゐざりよりて、いらへし給。ふいにて
詞也。孟不意也
み奉りそめてしも、さるべきむかしのちぎり
ありけるにこそと思給へて、御いのりなどねん
ごろにつかうまつりしを、法しはそのことゝ
なくて、御ふみきこえうけ給はらんもびんな
ければじねんになんをろかなるやうになり
侍ぬるいとあやしきさまに、世をそむき
給へる人の御あたりに、いかでおはしますら
頭注
法しはそのことゝなくて
孟法師などは若き女の
かたへの文などはと思
ひてと也。金言也。
世をそむき給へる人の御あた
りに 抄尼君達の中に手
習のおはしにくからん事
をいへり。
知らぬ心地して、悩ましくなどことなしび給ふを、強ゐて言ふもい
と骨(こち)無し。
下衆下衆しき法師腹など数多來て、
「僧都、今日下りさせ給べし。」
「など俄には」と問ふなれば、
「一品の宮の御物の怪に悩ませ給ける。山の座主修法仕らせ給へど、
猶僧都參らせ給はでは、験無しとて、昨日二度なん召し侍りし。左
大臣殿の四位の少将、昨夜(よべ)夜更けてなん上り御座しまして、
后の宮の御文など侍りければ、下りさせ給ふなり」など、いと花や
かに言ひなす。恥づかしくとも、逢ひて尼に成し給てよといはん。
さかしら人少なくて良き折りにこそと思へば、起きて、
「心地のいと悪しうのみ侍りを、僧都の下りさせ給へらんに、忌む
事受け侍らんとなん思侍りを、さやうに聞え給へ」と語らひ給へば、
ほけほけしう打頷く。例の方に御座して、髪は尼君のみ梳り給ふを、
異人にて触れさせんもうたて覚ゆるに、手づからはたえせぬ事なれ
ば、ただ少し解き下して、親に今一度、かうながらの樣を見えずな
りなんこそ、人やりならず、いと悲しけれ。いたう煩ひしけにや、
髪も少し落ち細り似たる心地すれど、何ばかりも衰へず。いと多く
て、六尺ばかりなる末などぞ、いと美しかりける。筋などもいと細
かに美しげなり。
「√かかれとてしも」と、独りごち居給へり。暮れ方に僧都ものし
給へり。南面払ひしつらひて、丸なる頭つきども、行き交ひ騒ぎた
るも、例に変はりて、いと恐ろしき心地す。母の御方に參り給て、
「如何にぞ月比は」など言ふ。
「東の御方は物詣でし給ふにきとか。この御座せし人は、なを物し
給や」など問ひ給ふ。
「然か、ここに留りてなん。心地悪しとこそ物し給ひて、忌むこと
受け奉らんと宣ひつる」と語る。立ちて此方に居まして、
「ここにや御座しますとて、几帳の元につゐ居給へば、つつましけ
れど、ゐざりよりて、答(いら)へし給ふ。
「不意にて見奉り初めてしも、然るべき昔の契り有りけるにこそと
思ひ給へて、御祈りなど懇ろに仕うまつりしを、法師は、その事と
無くて、御文聞こえ受け給はらんも、便なければ、自然(じねん)
になん疎(おろ)かなるやうになり侍ぬる。いとあやしき樣に、世
を背き給へる人の御辺りに、如何で御座しますら
※イ本右のおとどの四位少将
大島本他 右大臣
肖柏本 左の大臣
別本陽明家本 右大将殿
別本保坂本 右大いどの
別本阿里莫本 左大臣殿の
引歌
√かかれとてしも
後撰集 雑三
はしめてかしらおろし侍りける
時ものにかきつけ侍りける
遍昭
たらちめはかかれとてしもむばたまのわがくろかみをなでずや有りけん
和漢朗詠集
たらちねはかかれとてしもうばたまの我が黒髪をなですやありけむ
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄 九条禅閣植通
※河 河海抄 四辻左大臣善成
※細 細流抄 西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄 牡丹花肖柏
※和 和秘抄 一条禅閣兼良
※明 明星抄 西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
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