式子内親王、藤原良経、慈円
近き世になりては、大炊御門前齋院、故中御門の攝政、吉水前大僧正、これら殊勝なり。
齋院は、殊にもみ/\とあるやうに詠まれき。
故攝政は、たけをむねとして、諸方を兼ねたりき。いかにぞや見ゆる詞のなさ、哥ごとに由あるさま、不可思議なりき。百首などのあまりに地哥もなく見えしこそ、かへりては難ともいひつべかりしか。秀哥あまり多くて、兩三首などは書きのせがたし。
大僧正は、おほやう西行がふりなり。すぐれたる哥、いづれの上手にも劣らず、むねと珍しき樣を好まれき。そのふりに、多くの人の口にある哥あり。
やよ時雨
木の葉に袖を比ぶべし
願はくは暫し闇路に
これ躰なり。されども、世の常にうるはしく詠みたる中に、最上の物どもはあり。
あふげば空に
涙雲らで
雲にあらそふ
秋ゆく人の袖
松を時雨の
庭のむら萩
刈る人なしみ
鴫立つ澤の忘れ水
この他多かり。
※やよ時雨
巻第六 冬歌 慈円 580 時雨を
やよ時雨もの思ふ袖のなかりせば木の葉の後に何を染めまし
※願はくは暫し闇路に
巻第二十 釈教歌 慈円 1932 述懷の歌の中に
願はくはしばし闇路にやすらひてかかげやせまし法の燈火
※あふげば空に
巻第十八 雑歌下 慈円 1780 五十首歌の中に
思ふことなど問ふ人のなかるらむ仰げば空に月ぞさやけき
※涙雲らで
巻第四 秋歌上 慈円 379 百首歌奉りし時月の歌に
いつまでかなみだくもらで月は見し秋待ちえても秋ぞ戀しき
※秋ゆく人の袖
巻第十 羇旅歌 慈円 984 詩を歌にあはせ侍りしに山路秋行といふことを
立田山秋行く人の袖を見よ木木のこずゑはしぐれざりけり
※松を時雨の
巻第十一 恋歌一 慈円 1030 百首歌奉りし時よめる
わが戀は松を時雨の染めかねて眞葛が原に風さわぐなり
※庭のむら萩
巻第十四 恋歌四 慈円 1322 戀の歌とてよみ侍りける
わが戀は庭のむら萩うらがれて人をも身をあきのゆふぐれ
※刈る人なしみ
巻第六 冬歌 慈円 618 題しらず
霜さゆる山田のくろのむら薄刈る人なしにのこるころかな