36 夏暮れて今日こそ秋は龍田山風の音より色変はるらむ
なつくれてけふこそあきはたつたやまかせのおとよりいろかはるらむ
今日のみ秋は→C本・京大本 風のほどより→春海本 色変はるらめ→C本
37 秋来ぬと荻の葉風の付けしより思ひし事のただならぬ暮
あききぬとをきのはかせのつけしよりおもひしことのたたならぬくれ
萩の葉風の→三手本
38 眺むれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮 新古今
なかむれはころもてすすしひさかたのあまのかはらのあきのゆふくれ
39 大方は秋のあはれを袖の露かくなれざらむ人に問はばや
おほかたはあきのあはれをそてのつゆかくなれさらむひとにとははや
大方の→森本 秋の哀れの→文化九本
40 吹き結ぶ露も涙も一つにて抑へがたきは秋の夕暮
ふきむすふつゆもなみたもひとつにておさへかたきはあきのゆふくれ
秋の夕風→文化九本
41 袖の上は露の宿りと成りにけり所も分かず秋立ちしより
そてのうへはつゆのやとりとなりにけりところもわかすあきたちしより
袖の上の→春海本 袖の上に→京大本 所も分かぬ→増田本・春海本
42 秋は只夕べの雲の気色こその事と無く眺められけれ
あきはたたゆふへのくものけしきこそそのこととなくなかめられけれ
夕べのそこの→春海本 その如くなく→神宮本 眺め知れけれ→A本・松平本 眺められけり→三手本・C本
43 思ほえず移ろひにけり眺めつつ枕に掛かる秋の夕露
おもほえすうつろひにけりなかめつつまくらにかかるあきのゆふつゆ
思ひ得ず→岩崎本 思ほほず→神宮本 おほほへず→国会本・河野保温 移ひけりな→B本 移ろひにけりな→岩崎本 うつ添ひにけり→神宮本 移ろひにけりな→三手本 秋の夕暮→春海本
44 唐衣裾野の露に立つ霧の絶え間絶え間は錦なりけり
からころもすそののつゆにたつきりのたえまたえまはにしきなりけり
45 旅枕露を片敷く磐余野の同じ床にも鳴く鶉かな
たひまくらつゆをかたしくいはれののおなしとこにもなくうつらかな
旅衣→C本・神宮本・文化九本 露も片敷く→強打本 いはの野の→三手本 鶉鳴くかな→増田本・春海本
46 夕霧も心の底に噎びつつ我が身一つの秋ぞ更け行く
ゆふきりもこころのそこにむせひつつわかみひとつのあきそふけゆく
心一つに→森本 結びつつ→文化九本・森本・国会本 秋ぞ吹き行く→B本・三手本・岩崎本 秋は更け行く→春海本
本歌：月見ればちぢにものこそかなしけれ我が身ひとつの秋にはあらねど（古今 千里）
47 月の澄む草の庵を露漏れば軒に争ふ松虫の声
つきのすむくさのいほりをつゆもれはのきにあらそふまつむしのこゑ
48 押し込めて秋の哀れに沈むかな麓の里の夕霧の底
おしこめてあきのあはれにしつむかなふもとのさとのゆふきりのそこ
夕霧の庵→神宮本・国会本・C本・京大本・河野本
49 何方へ雲居の雁の過ぎぬらむ月は西にぞ傾きにける 玉葉集
いつかたへくもゐのかりのすきぬらむつきはにしにそかたふきにける
何方に→森本・文化九本 かたむんきにけり→森本
50 宵の間にさても寝ぬべき月ならば山の端近きものは思はじ 新古今
よひのまにさてもねぬへきつきならはやまのはちかきものはおもはし
51 秋の夜の雲無き月を曇らせて更けゆくままに濡るる顔なる
あきのよのくもなきつきをくもらせてふけゆくままにぬるるかほなる
本歌：あひにあひて物思ふころの我が袖に宿る月さへ濡るるかほなる（古今 伊勢）
52 真木の戸は鎖さで習ひぬ天の原夜渡る月の影に任せて
まきのとはささてならひぬあまのはらよわたるつきのかけにまかせて
然らで慣らひぬ→神宮本 鎖して慣らひぬ→河野本
53 其れながら昔にもあらぬ月影にいとど眺めを賤の苧環 新古今
それなからむかしにもあらぬつきかけにいととなかめをしつのをたまき
本歌：月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして（古今 業平 伊勢物語）
：いにしへの賤のをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな（伊勢物語 読み人知らず）
54 佐保山の柞の紅葉色に出でて秋深しとや霧に漏るらむ
さほやまのははそのもみちいろにいててあきふかしとやきりにもるらむ
柞の梢→B本
本歌：佐保山のははその色は薄けれど秋は深くもなりにけるかな（古今 是則）
55 留まらぬ秋をや送る眺むれば庭の木の葉の一方へ行く
ととまらぬあきをやおくるなかむれはにはのこのはのひとかたへゆく
留まらむ→A本・松平本・増田本
参考
式子内親王集全釈 私家集全釈叢書 奥野 陽子 著 風間書房
