しられじ。きゝつくる人もあらばいといみじう
こそとてない給。あまりとふをくるしと
覚したれば、えとはず。かぐや姫をみつけた
りけん、竹とりのおきなよりもめづらしき
心ちするに、いかなるものゝひまにきえうせ
細僧
んとすらんと、しづ心なくぞ覚しける。こ
都の母也 孟小野尼は右衛門督
のあるじもあてなる人なりけり。むすめのあ
の後室也
ま君は、上達部の北の方にて有けるが、その
抄妹の尼の夫也
人なくなり給てのち、むすめたゞひとり
師尼公のむこ中将也。末にみゆ
をいみじくかしづきて、よき君達をむこに
して思あつかひけるを、そのむすめの君のな
くなりにければ、こゝろうしいみじと思いりて
頭注
かぐや姫を見つけたり
けん竹とりのおきな
細かぐや姫の物語の心
也。万葉の竹取は心か
はれり。孟竹取ノ翁かぐ
や姫をえたる事也。
家の内光りき八月十五
夜点にのぼりし事
あり。其ごとくうせては
と尼君のこゝろ也。
孟尼公の事也
かたちをもかへかゝる山里゙にはすみはじ
めたるなりけり。世とゝもに戀わたる人のか
たみにも思ひよそへつべからん人をだに
み出てしがなと、つれ/"\と心ぼそきまゝ
浮舟の事也
に思なげきけるを、かく覚えぬひとの、かた
ちけはひもまさりざまなるをえたれば、
うつゝのことゝも覚えず。あやしき心ちし
細尼君の事也
ながら、うれしと思ふ。ねびにたれど、いと
きよげに、よしありて、有樣もあてはかな
細宇治也。孟宇治よりはと浮舟の心也 孟和の字也
り。昔の山里よりはみづのをともなごや
こ
かなり。つくりざまゆへある所の木だちお
ぜんざい 孟悉皆こゝは
もしろく前栽などもおかしくゆへをつ
頭注
世とゝに戀わたる人のか
たみに
三むすめの事形見に
浮舟を見ると也。
小野の躰也
くしたり。秋になりゆけば、空のけしきも
あはれ
哀なるを、門田のいねかるとて、所につけたる
ものまねびしつゝ、わかき女共゙は哥うたひ
興也 細浮舟の心也
けうじあへり。ひた引ならすをともおかし
哢常陸國にての事也
く、みしあづまぢなどのことなども思出
細句 ぎり 落葉の宮の御母也
られて、彼夕霧の宮す所のおはせし山里゙
よりは今すこしいりて山にかたかけたる
家なれば、松かげしげく風のをともいと心
浮舟のさまなるべし
ぼそきに、つれ/"\とをこなひをのみしつゝ
いつとなくしめやかなり。尼君゙ぞ月など
きん 細小野の尼につかへたる人也
あかき夜は、琴などひき給ふ。少将の尼君゙な
びは 細尼
どいふ人は、琵琶ひきなどしつゝあそぶ。かゝ
頭注
ひた引ならす 引板也。
𢈘を驚す物也。夕霧巻
にも山田のひたにもをど
ろかすとあり。
かの夕霧の 細草子地なり。
在所の地形をいふ也。思出
られてといふにて句を
切て見るべし。孟此詞は
双紙ノ詞なるべし。浮舟の
心をいふ詞にはつゞかず。
山にかたかけたる家
細ひた引ならずの句に
かくれり。孟此詞は又浮
舟の心なるべし。上にお
もひ出られてといふ詞
につゞくべし。隔句など
の心也。河山かたかけてす
む庵のなど哥によめり。
知られじ。聞き付くる人もあらば、いといみじうこそ」とて泣い給
ふ。あまり問ふを苦しと覚したれば、え問はず。かぐや姫を見付け
たりけん、竹取の翁よりも、珍しき心地するに、如何なる物の隙に
消え失せんとすらんと、靜心無くぞ覚しける。
この主もあてなる人なりけり。娘の尼君は、上達部の北の方にて有
けるが、その人亡くなり給て後、娘ただ一人をいみじくかしづきて、
善き君達を婿にして、思ひ扱ひけるを、その娘の君の亡くなりにけ
れば、心憂し、いみじと思ひ入りて、形をも変へ、かかる山里には
住み始めたるなりけり。世とともに、恋ひ渡る人の形見にも、思ひ
よそへつべからん人をだに、見出でてしがなと、つれづれと心細き
ままに思ひ歎きけるを、かく覚えぬ人の、容貌、氣配ひも勝り樣な
るを得たれば、現のこととも覚えず。あやしき心地しながら、嬉し
と思ふ。ねびにたれど、いと清げに、由有りて、有樣もあてはかな
り。
昔の山里よりは、水の音も和やかなり。造り樣故ある所の木立、面
白くく、前栽などもおかしく、故を尽くしたり。秋に成り行けば、
空の景色も哀なるを、門田の稲刈るとて、所に付けたる物真似びし
つつ、若き女どもは歌うたひ、興じあへり。引板引き鳴らす音もお
かしく、見し東路などの事なども思ひ出でられて、彼の夕霧の御息
所の御座せし山里よりは、今少し入りて、山に片掛けたる家なれば、
松蔭茂く、風の音もいと心細きに、つれづれと行ひをのみしつつ、
いつとなくしめやかなり。
尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾き給ふ。少将の尼君などいふ人
は、琵琶弾きなどしつつ遊ぶ。かか
※彼の夕霧の御息所の この箇所により、作者により付けられた、巻名があった事が知られる。
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄 九条禅閣植通
※河 河海抄 四辻左大臣善成
※細 細流抄 西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄 牡丹花肖柏
※和 和秘抄 一条禅閣兼良
※明 明星抄 西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺