かすがの
さと
一むかし、男、うゐかうふりして、ならの京、かすがの里にしるよし
して、かりにいにけり。其さとに、いとなまめいたる女、はらからすみ
ふるさと
けり。此男かいま見てげり。おもほえず、古里に、いとはしたなくて
有ければ、こゝちまどひにけり。男のきたりける、かりぎぬのすそを
きり うた かき
切て、哥を書てやる。其男、しのぶずりの、かりぎぬをなん、きたりける
新古今 わかむらさき
かすがのゝ若紫のすりごろもしのぶのみだれかぎりしられず
と、なんおひ付て、いひやりける。ついでおもしろきことゞもや、おもひけん
古今
みちのくのしのぶもぢずりたれゆへにみだれそめにし我ならなくに
といふ哥の心ばへなり。むかし人はかくいちはやきみやびをなんしける
二むかし、男、有けり。ならの京ははなれ、此京は、人の家まださだ
まらざりける時に、西の京に女有けり。其女、世人にはまされりけり。
其人、かたちよりは、心なんまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし。
それを、かのまめ男、うち物がたらひて、かへりきて、いかゞおもひけん、
時はやよひのついたち、あめそぼぶるにやりける
古今
おきもせずねもせでよるをあかしては、春の物とてながめくらしつ
新古今和歌集卷第十一 戀歌一
女に遣はしける 在原業平朝臣
読み:かすがののわかむらさきのすりごろもしのぶのみだれかぎりしられず 隠
意味:春日野の若い紫で摺った衣のような美しい貴方を拝見して、この信夫もじ摺の衣のように忍心でとても乱れております。
備考:伊勢物語 一段、古今和歌六帖