尾張廼家苞 四之上
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してとは、我故とはしりながらよそのことになしてと
いへるにこそあれ。(我をこひおもふとはしりつゝ、誰をこひて袖の上
に月のやどるほどなきぬらし給ふぞといはんは、其
人を哢するにて、俗になぶるといふもの也。
しかいひて人のとへかしと、こひねがふべき事かは。)
久戀 越前
夏引の手引のいとの年へてもたえぬおもひに結ぼゝれつゝ
(一二の句は序。としといふもじを隔てゝへとかゝる。たえぬおもひとは、わすれんと
しても忘れがたきなり。一首の意は、年をかさねてもあひがたき故、物おもひが
胸にふさがりて
くるしとなり。)
家の百首歌合に祈恋 摂政
いく夜我浪にしをれて貴舩川袖に玉ちる物おもふらむ
本歌、和泉式部、物おもへば(沢のほたるも我身よりあくがれ出る
玉かとぞみる。此歌はこゝに不用也)云〃
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奥山にたぎりて落る瀧つせの玉ちるばかり物なおもひそ
(此歌は、きぶね明神の御歌、上の和泉式部が哥の御かへし也。此歌の三
句、き舩川とあるは、此明神の哥をとりて、玉ちるとよませ給へるよせなり。)此本歌の
玉ちるは物おもふ心をいへるを、(和泉式部があくがれいづる玉とは、人魂の出
る事にて、物おもひにしぬべきよし也。明神
の御歌の玉ちるは、魂散にて、即しぬる事をの玉へる也。しぬる斗物な思
ひそとなだめささせ給へる也。物おもふこゝろとばかりにはあらず。 )こゝの四ノ句
は、涙を主として、(明神の御歌は、魂ちるなるを、これは涙
の玉ちるととりなさせ給へるなり。)それに本歌の意と、
(本歌はたゞ四五の句をとり給へる
のみ也。魂ちるの意あるにあらず。)川浪のかゝるとを兼たり。(川浪は唯
縁の詞のみ。
主意にはあづからず一首の意は、いく夜われ、あひがたき恋をき舩川の浪にしほれて神
にいのりても、しるしなしとて涙の玉の袖にちる物おもひをする事やらんと也。)
定家朝臣
年もへぬいのる契ははつせ山をのへの鐘のよその夕ぐれ
下句、尾上の鐘なる故に、よそに遠くきこゆる心にて、よそ
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とつゞけたり。(尾上といふはさしも高き所にあらず。又よそといへばとて、國郡へ
だてたる所をいふにもあらず。たゞ我ならぬ人の事なれば、ふもとの鐘
なりともなどかきこえざらん。
尾上の鐘泊瀬山の熟語のみ。)さてよその夕暮とは、よその人の入
相のかねに来る人をまちてあふ意也。さてそれは我祈るち
ぎりなるに、わが祈はしるしなくして、よその人のあふ契
なるよと也。(たがへる
事なし。)こといとめでたき歌なるに年もへぬといふ
ことはたらかず。かけ合る意なきはくちをし。(此歌はつぶ/"\と佛に申
つゞくる詞也。佛を祈
申て年もへぬる事なるに、その祈る契はむなしくて、尾上の鐘の夕ぐれ時分には、
かよひ来てあふ契も、よその人とのうへのみにて、わが契にはあらずと也。一首の意も、
一旦一夕の事にあらずは、別に
何のかけ合をかまたん。 )
片思 俊成卿
うき身をば我だにいとふいとへたゞそをだに同じ心ともおもはん
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上句、人のいとふにつけておもへる心にて、いとへたゞといへる
たゞは、ひたぶるにといふ意也。たがひたる
ふしもなし。うき身とは、いやしき身
をいふ。賤き者はうき事多ければ也。(述懐の歌のうき身の説ざ
ま也。それすら官位もよろ
しきほど、家もとみ、身も栄ゆるが、一事一言によりて身をうき物に思入も常なれば、うき
身を賤き身と定てはいひがたし。ましてこれは恋の歌にて、き賤の論は物遠し。うき身
とはいとはるゝ身也。人にいとはるゝ故、わが身のうき也。
いとふといひうき身といへば,たゞにしかきこゆるわざぞ.)人のいとふにつきておもへば,我
はいやしき身なれば,我ながらみづからすらいとふなれば,人のい
とふはことわり也.よしや此うへは人もいよ/ひたすらにいとへと也.
(我はいやしき身なれば,我ながらみづからいとふといひ,又人のいとふはことはり也とおもひくづ
をれては、うらみ力いとよはくて、やがておもひやむべきほどの事也。これ歌によむ情にあら
ず。人にいとはるゝわが身なれば,これほど人のいとふは,我身はまことにうき身ぞと,人のいと
ふ故はじめて我もいとふ也。身をいとふは恋にあり。官位の窮逹、世途の貧冨などに
拘りたる事にあらず。此歌かくそだに同じ心とおもはんなど、やさしげにいひても、人に
心ぐるしとおもはせて、思ひよはらせんとの構也。恋の歌にはかやうの心ばへ多かるとぞ。)
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