思餘比自然ニ哥ヨマルヽ事
又心にいたくおもふことになりぬればおのづから哥は
よまるゝ也。金葉(集)によみ人しらずと侍かとよ。
身のうさをおもひしとけは冬の夜も
とゞこほらぬはなみだなりけり
この哥は仁和寺のあはぢのあざりといひける人のいも
うとのもとなりけるなま女坊のいたく世をわびて
よみたりける哥也。もとより(哥よみ)ならねば又よめる
哥もなし。たゞおもふあまりにおのづからいはれたり
けるにこそ。
思余比自然に哥よまるる事
又心にいたく思ふ事になりぬれば、自づから歌はよまるる也。金葉集に
よみ人しらずと侍かとよ。
身のうさを思ひしとけは冬の夜もとどこほらぬは涙なりけり
この歌は、仁和寺の淡路の阿闍梨といひける人の妹の許なりける生女房
の、いたく世を侘びてよみたりける歌也。もとより歌よみならねば、又
よめる歌もなし。ただ思ふあまりに自づからいはれたりけるにこそ。
※身のうさを
金葉集雑歌上 身のうさを自覚すると、冬の夜も凍らず止まらない物は涙なんです。
※仁和寺の淡路の阿闍梨
伝未詳。
※生女房
新参の何も分からない女房。
※又よめる歌もなし
この女房の歌は、他に撰集に採られた歌も知られた歌も無い。