新古今和歌集の部屋

近来風体

近來風體 二条良基

連歌歌の事はたヽ四五十年明匠たちの申侍りしことをみヽの底にとヾめたる計なり。さらに天性を得たる事もなし。稽古もたらず侍るなり。
…略…
近比は大略宗匠にて侍るうへは不及是非愚意に叶侍りし間公家武家にも譽申侍りき。抑此人々の申されし昔物語思ひづるに膸而かきつけ侍也。ひろく人々にも尋られて治定せらるべしと也。
一、新古今ほど面白集はなし。初心の人にはわろし。心得たらん人は此集をみんこといかでかあしかるべき。
一、本歌をとる事昔はまれなり。後鳥羽院の比ほひより、殊人ごとに本歌をとり侍るにや。そのとるやうさま/゛\なり。本歌の言葉をとりて、風情をあらぬ物にしなし、本歌のことばを上下の句に置きかへたる常の事なり。是をよとしとす。本歌のことば、あかでこそ思はむ中ははなれなめといふ歌をとりて、散る花の忘がたみの嶺の雲とよめる。又本歌の心をもとりて、あらぬ樣にとりなしたる歌もあり。遠ざかりゆく志賀のうらなみといふ歌をとりて、しがの浦やとほざかり行く波間よりとよめり。又本歌に贈答したる體あり。心ある人にみせばやと云歌をとりて、こヽろあれなと身をおもふかなとよめり。又本歌の心にかなえり。しかも本歌をへつらはでよむ體もあり。照りもせず曇りもはてぬといふ歌をとりて、大空は梅のにほひに霞みつヽとよめり。又言葉ばかりをとりたる歌もつねの事也。此ことは先年頓阿問答の愚問賢注に、こまかにしるし侍りしやらむ。
一、本歌には堀河院の百首の作者までをとる也。同は名人の歌をとるべし。勅撰は後拾遺までをとるべしと申しき。但、いまは金葉、詞花、千載、新古今などをとりたらむはなにかくるしかるべき。比分左相府へも申し侍る事なり。連歌には新古今までをもとるなり。證歌には近代の歌讀の歌をも用也。
…略…
一、主あること葉は詠歌の一體にしるせり。ながくよむべからず。

  春
霞かねたる   うつるもくもる 花の宿かせ あらしぞかすむ 月にあまぎる
霞におつる   むなしき枝に  花の露そふ 花の雪ちる   亂れてなびく
ゆきのした水  空さへかすみ  空さへ匂ふ 浪にはなるヽ
 夏
あやめぞかをる すヾしくくもる  雨の夕ぐれ
 秋
昨日はうすき  ぬるともをらん  ぬれてやひとり かれなで鹿の を花浪よる
霧の底なる   月やをじまの   色こきなみに(色なる波ぞ)  霧立ちのぼる
わたればにごる
 冬
わたらぬ水も  氷ていづる    嵐にくもる   やよしぐれ  雪の夕ぐれ
 戀
雲ゐの嶺の   われても末に   身を木枯の   袖さへなみの ぬるとも袖の
我のみしりて  結ばぬ水に    たヾあらましの 我身にけたぬ 昨日の雲の
 雑
末のしら雲   月も旅ねの  
浪にあらすな

以上詠歌の一體にあり。所詮當世なりとも人のはじめてよみ出したらむ事はながくよむべからず。

日本歌学体系(佐佐木信綱編 風間書房)第五巻より


※散る花の忘がたみの嶺の雲
春歌下 左近中将良平
散るはなのわすれがたみの峰の雲そをだにのこせ春のやまかぜ

※しがの浦やとほざかり行く波間より
冬歌 藤原家隆朝臣
志賀の浦や遠ざかりゆく波間より氷りて出づるありあけの月

※照りもせず曇りもはてぬ
春歌上 大江千里
照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき

※大空は梅のにほひに霞みつヽ
春歌上 藤原定家朝臣
大空は梅のにほひにかすみつつくもりもはてぬ春の夜の月

※うつるもくもる
春歌上 源具親
難波潟かすまぬ浪もかすみけりうつるもくもるおぼろ月夜に

※花の宿かせ
春歌上 藤原家隆朝臣
おもふどちそことも知らず行き暮れぬ花のやどかせ野べの鶯

あらしぞかすむ
春歌下 宮内卿
あふさかやこずゑの花をふくからに嵐ぞかすむ関の杉むら

※月にあまぎる
春歌下 二条院讃岐
山たかみ峰の嵐に散る花の月にあまぎるあけがたのそら

※霞におつる
春歌下 寂蓮法師
暮れて行く春のみなとは知らねども霞に落つる宇治のしば舟

※むなしき枝に
春歌下 摂政太政大臣
吉野山花のふるさとあと絶えてむなしき枝にはるかぜぞ吹く

※花の露そふ
春歌下 皇太后宮大夫俊成
駒とめてなほ水かはむ山吹のはなの露そふ井出の玉川

※花の雪ちる
春歌下 皇太后宮大夫俊成
またや見む交野のみ野のさくらがり花の雪散る春のあけぼの

※亂れてなびく
春歌上 殷富門院大輔 他拾遺集
春風のかすみ吹きとくたえまよりみだれてなびく青柳のいと

空さへかすみ

※空さへ匂ふ
春歌下 権大納言長家 他千載集
花の色にあまぎるかすみたちまよひ空さへ匂ふ山ざくらかな

※浪にはなるヽ
藤原家隆朝臣
霞立つすゑのまつやまほのぼのと波にはなるるよこぐもの空

※あやめぞかをる
※雨の夕ぐれ
夏歌 摂政太政大臣
うちしめりあやめぞかをる郭公啼くやさつきの雨のゆふぐれ

※すヾしくくもる
夏歌 西行法師
よられつる野もせの草のかげろひてすずしく曇る夕立の空
 
※ぬるともをらん
秋歌下 藤原家隆朝臣
露時雨もる山かげのした紅葉濡るとも折らむ秋のかたみに

※ぬれてやひとり
秋歌下 藤原家隆朝臣
下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ

※月やをじまの
秋歌上 藤原家隆朝臣
秋の夜の月やをじまのあまのはら明けがたちかき沖の釣舟

※霧立ちのぼる
秋歌下 寂蓮法師
村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋のゆふぐれ

※わたればにごる
秋歌下  二条院讃岐
散りかかる紅葉の色は深けれど渡ればにごるやまがはの水

※わたらぬ水も
秋歌下 宮内卿
立田山あらしや峰によわるらむわたらぬ水も錦絶えけり

※氷ていづる
冬歌 藤原家隆朝臣
志賀の浦や遠ざかりゆく波間より氷りて出づるありあけの月

※やよしぐれ
冬歌 前大僧正慈円
やよ時雨もの思ふ袖のなかりせば木の葉の後に何を染めまし

※雪の夕ぐれ
冬歌 藤原定家朝臣
駒とめて袖うち払ふかげもなし佐野のわたりの雪のゆふぐれ

※身を木枯の
恋歌四 藤原定家朝臣
消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露

※袖さへなみの
恋歌二 二条院讃岐
みるめこそ生ひぬる磯の草ならめ袖さへ波の下に朽ちぬる

※ぬるとも袖の
恋歌一 太上天皇
わが恋はまきの下葉にもる時雨ぬるとも袖の色に出でめや

※我のみしりて
恋歌一 式子内親王
忘れてはうち歎かるるゆうべかなわれのみ知りて過ぐる月日を

※たヾあらましの
恋歌一 太上天皇
思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮のそら

※昨日の雲の
恋歌四 藤原家隆朝臣
思ひ出でよ誰がかねごとの末ならむ昨日の雲のあとの山風

※末のしら雲
羇旅歌 藤原家隆朝臣
明けばまた越ゆべき山のみねなれや空行く月のすゑの白雲

※浪にあらすな
羇旅歌  皇太后宮大夫俊成
立ちかへりまたも来て見む松島やをじまの苫屋波にあらすな

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