新古今和歌集の部屋

源氏物語 紅梅 竹河 橋姫

紅梅
紅梅 心有りて風の匂はす園の梅にまづ鶯の訪はすや有るべき
こころありてかせのにほはすそののうめにまつうくひすのとはすやあるへき

匂宮 花の香に誘はれぬべき身なりせば風の便りを過ぐさましやは
はなのかにさそはれぬへきみなりせはかせのたよりをすくさましやは

紅梅 本つ香の匂へる君が袖触れば花萌えならぬ名をや散らさむ
もとつかのにほへるきみかそてふれははなもえならぬなをやちらさむ

匂宮 花の香を匂はす宿に泊め行かば色に愛づとや人の咎めむ
はなのかをにほはすやとにとめゆかはいろにめつとやひとのとかめむ

竹河
玉鬘宰相君 折りてみばいとど匂ひも勝るやと少し色めけ梅の初花
をりてみはいととにほひもまさるやとすこしいろめけうめのはつはな

薫 他所にては?ぎ木なりとや定むらむ下に匂へる梅の初花
よそにてはもききなりとやさたむらむしたににほへるうめのはつはな

蔵人少将 人は皆花に心を移すらむ一人ぞ惑ふ春の夜の闇
ひとはみなはなにこころをうつすらむひとりそまとふはるのよのやみ

玉鬘女房 折からやあはれも知らむ梅の花ただ香ばかりに移りしもせじ
をりからやあはれもしらむうめのはなたたかはかりにうつりしもせし

薫 竹河の端うち出でし一節に深き心の底は知りきや
たけかはのはしうちいてしひとふしにふかきこころのそこはしりきや

藤侍従 竹河に夜を更かさじと急ぎしも如何なる節を思ひおかまし
たけかはによをふかさしといそきしもいかなるふしをおもひおかまし

玉鬘大君 桜故風に心の騒ぐかな思ひぐまなき花と見る見る
さくらゆゑかせにこころのさわくかなおもひくまなきはなとみるみる

玉鬘宰相君 桜とてかつは散りぬる花なれば負くるを深き恨みともせず
さくとみてかつはちりぬるはななれはまくるをふかきうらみともせす

玉鬘中君 風に散る事は世の常枝ながら移ろふ花をただにしも見じ
かせにちることはよのつねえたなからうつろふはなをたたにしもみし

玉鬘大輔君 心ありて池の汀に落つる花泡となりても我が方に寄れ
こころありていけのみきはにおつるはなあわとなりてもわかかたによれ

玉鬘中君女童 大空の風に散れども桜花己が物とぞ掻き集めて見る
おほそらのかせにちれともさくらはなおのかものとそかきつめてみる

玉鬘大君なれき 桜花匂ひ数多に散らさじと思ふばかりの袖はありやは
さくらはなにほひあまたにちらさしとおほふはかりのそてはありやは

薫 つれなくて過ぐる月日を数へつつもの恨めしき暮の春かな
つれなくてすくるつきひをかそへつつものうらめしきくれのはるかな

蔵人少将 いでやなぞ数ならぬ身に適はぬは人の負けじの心なりけり
いてやなそかすならぬみにかははぬはひとにまけしのこころなりけり

玉鬘中将御許 理無しや強きに寄らむ勝ち負けを心一つに如何任する
わりなしやつよきによらむかちまけをこころひとつにいかかまかする

蔵人少将 哀れとて手を許せかし生き死にを君に任する我が身とならば
あはれとててをゆるせかしいきしにをきみにまかするわかみとならは

蔵人少将 花を見て春は暮らしつ今日よりや繁き歎きの下に惑はむ
はなをみてはるはくらしつけふよりやしけきなけきのしたにまとはむ

玉鬘中将御許 今日ぞ知る空を眺むる気色にて花に心を移しけりとも
けふそしるそらをなかむるけしきにてはなにこころをうつしけりとも

玉鬘大君 哀れてふ常ならぬ世の一言も如何なる人に隠るものぞは
あはれてふつねならぬよのひとこともいかなるひとにかくるものそは

蔵人少将 生ける世の死には心に任せねば聞かでや止まむ君が一言
いけるよのしにはこころにまかせねはきかてややまむきみかひとこと

薫 手に隠る物にしあらば藤の花松より勝る色を見しまや
てにかくるものにしあらはふちのはなまつよりまさるいろをみましや

藤侍従 紫の色は通へど藤の花心に得こそ掛からざりけれ
むらさきのいろはかよへとふちのはなこころにえこそかからさりけれ

玉鬘大君女房 竹河のその夜の事は思ひ出づや忍ぶばかりの節はなけれど
たけかはのそのよのことはおもひいつやしのふはかりのふしはなけれと

薫 流れての頼め空しき竹河に世は憂きものと思ひ知りにき
なかれてのたのめむなしきたけかはによはうきものとおもひしりにき

橋姫
八宮 うち捨てて番ひ去りにし水鳥のかりのこの世に立ち後れけむ
うちすててつかひさりにしみつとりのかりのこのよにたちおくれけむ

大君 いかでかく巣立ちけるぞと思ふにも憂き水鳥の契りをぞ知る
いかてかくすたちけるそとおもふにもうきみつとりのちきりをそしる

中君 泣く泣くも羽うち著する君なくば我ぞ巣守になるべかりける
なくなくもはねうちきするきみなくはわれそすもりになるへかりける

八宮 見し人も宿も煙になりにしを何とて我が身消え残りけむ
みしひともやともけふりになりにしをなにとてわかみきえのこりけむ

冷泉院 世を厭ふ心は山に通へども八重立つ雲を君や隔つる
よをいとふこころはやまにかよへともやへたつくもをきみやへたつる

八宮 跡絶えて心すむとは無けれども世を宇治山に宿をこそ借れ
あとたえてこころすむとはなけれともよをうちやまにやとをこそかれ

薫 山颪に堪へぬ木の葉の露よりもあやなく脆き我が涙かな
やまおろしにたへぬこのはのつゆよりもあやなくもろきわかなみたかな

薫 朝ぼらけ家路も見えず尋ね来し槙の尾山は霧こめてけり
あさほらけいへちをみえすたつねこしまきのをやまはきりこめてけり

大君 雲のゐる峯の懸け路を秋霧のいとど隔つる頃もあるかな
くものゐるみねのかけちをあききりのいととへたつるころにもあるかな

薫 橋姫の心を汲みて高瀬差す棹の雫に袖ぞ濡れぬる
はしひめのこころをくみてたかせさすさをのしつくにそてそぬれぬる

大君 差しかへる宇治の川長朝夕の雫や袖を朽し果つらむ
さしかへるうちのかはをさあさゆふのしつくやそてをくたしはつらむ

柏木 目の前にこの世を背く君よりも他所に分かるる魂ぞ悲しき
めのまへにこのよをそむくきみよりもよそにわかるるたまそかなしき

柏木 命あらばそれとも見まし人知れぬ岩根にとめし待つの生末
いのちあらはそれともみましひとしれぬいはねにとめしまつのおひすゑ

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