「サッカー文化フォーラム」夢追い人のブログ

1993年のJリーグ誕生で芽生えた日本の「サッカー文化」。映像・活字等で記録されている歴史を100年先まで繋ぎ伝えます。

スカパーさん、Jリーグ放送をやめるそうです。お疲れ様でした。

2016年12月17日 20時44分45秒 | サッカー文化
これまで10年間、Jリーグ全試合放送を続けてくれたスカパーが、とうとう放送から撤退するそうです。

すでに7月22日の書き込み「Jリーグ放送権ビッグバン」で紹介しましたが、来年から10年間、約2100億円の大型契約を結んだ英動画配信大手パフォーム・グループがJリーグ放送権を獲得しました。

スカパーは、二次使用の形で、従来通りの放送を目指し交渉していたそうですが不調に終わったとのことです。

Jリーグ事務局が、公式サイト上で、来季について「有料ライブ放映はDAZN(ダ・ゾーン)のみの放映となります」と、パフォーム提供の中継だけになると発表したことで判明したようです。

7月22日の書き込みで強調したのは「何と言っても全試合放送あるいは全試合ライブ放送がネット配信に置き換わるという点では、テレビ波時代の終焉といってもいい出来事」という点です。スカパーさんの完全撤退で、まさにそれが現実になりました。

地上波とBS放送についてJリーグはNHKとの契約を既に更新し、TBSとも交渉中。従来通りの規模で放送が見込めるとしているそうですが、ごく限られた試合放送だけですから、1993年のJリーグスタート以来、一部の年にできなかったのを除いて、ずっと続いてきたテレビ波による全試合放送という時代が、完全に終わったことを意味します。

まさに、これからはネット上の画像を楽しむ時代です。

ということで、当方が1993年以来続けてきたJリーグ全試合録画収録という作業も、幕を閉じることになります。

私としては、来年のシーズン全試合録画収録を続けられれば、ちょうど25シーズン、よく言う「四半世紀」という区切りをつけられますので、そこまでは続けたかったのですが、それもテレビ放送というメディアが前提でのことですから、仕方ありません。

潔く、24シーズンを持って終了します。しかし、まだ、これら収録済みの膨大な試合をデジタル変換してネットに乗せるという作業が残っています。残っているというより、まだまだ「手つかず」といったほうが当たっています。

皆さんもお感じのとおり、最近はネット上に多くの試合画像が載っています。私がやみくもにネット上に載せる前に、すでに載っている試合かどうか確認してから乗せたほうがよさそうです。

当方がもう一つネットに載せたいのは、いわゆる番組映像です。おなじみの「スーパーサッカー」にしても「やべっちFC」にしても、25年の道のりを辿るだけでもワクワクするものです。「やべっち」のテレビ朝日は、24年前「Jリーグ・A・GOGO」という番組から始まっています。

「スーパーサッカー」にしても初代MCの生島ヒロシさん、アシスタントの西田ひかるさんから何代もメンバーが交代しています。それを辿るだけでも一つの「サッカー文化の変遷」を見る思いです。

そういった作業をすることが、当『「サッカー文化フォーラム&アーカイブス」の夢追い人』の天職だと思っています。
おそらくスカパー「Jリーグセット」のチャンネル契約は今月末までになると思います。

1993年当時は「スポーツ・アイ」という放送局名だったCS放送、長い間、悲喜こもごものお付き合いでしたが、終了です。

こちらは、この場を借りて御礼申しあげますが、スカパーさんからは何の音沙汰もないでしょう。
一つの時代の終わりであることは間違いありません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鹿島は、男子サッカー史上3チーム目のファイナリストなんですよ、偉業です。

2016年12月17日 19時04分05秒 | サッカー選手応援
いよいよ鹿島がレアル・マドリーに挑みます。本チャン、ガチンコ、真剣勝負、いろいろ形容の仕方はありますが、ワクワクする話です。

ただ、まだ、勝てるような気がしませんが、これも浅い日本サッカーの歴史からすれば仕方のないことです。

そこで、これまで日本男子サッカーで、ファイナリストになったケースがどうだったのか振り返ってみましょう。

ユースカテゴリー以上のFIFA主催の大会で日本のチームがファイナリストになったケースは過去2回だと思います。

一つは1999年ワールドユースナイジェリア大会の日本代表、早いもので、もう17年も前の話になりました。

伝説の世代になりつつあるゴールデンエイジ、小野伸二、稲本潤一、高原直泰、中田浩二らの選手たちが、トルシエ監督のもと次々と強豪を撃破して決勝に進出しました。

決勝の相手はスペイン、惜しむらくは日本の司令塔・小野伸二選手が準決勝で受けたイエローカードにより累積で出場停止、対するスペインには、その後のバルセロナを牽引したシャビ、レアル・マドリーの守護神・カシージャスがおり、日本代表は何もできず0-5で完敗しています。

続くファイナリストは2001年FIFAコンフェデレーションズカップです。ワールドユース組と2000年シドニー五輪組を融合させた2002年日韓W杯向けの代表が、ブラジルと同組になったグループリーグを首位で通過、準決勝ではオーストラリアを降りしきる雨の中、中田英寿選手のゴールで撃破、決勝に駒を進めました。

決勝の相手は1998年フランスW杯、2000年欧州選手権ともに制覇して、向かうところ敵なしのフランス。

日本代表は、司令塔・中田英寿選手が、決勝まで導いたから自分の役目は終わりとばかりにイタリアに戻ってしまい不在。

対するフランス代表は、ジダン、デシャン、ジョルカエフ、ビエイラ、アネルカらのスター軍団。
スコアは0-1だったものの、何もできずに完敗でした。まるで中田英寿選手が「どうせ勝てる相手ではないから、いる必要なし」と見切りをつけたみたいでした。

それ以来、男子の日本チームはFIFA主催の世界大会で決勝に進む気配すらなくなってしまいました。

かわって「なでしこジャパン」が世界を舞台に活躍して、遂には2011年女子W杯ドイツ大会で優勝を果たす偉業を成し遂げたのは記憶に新しいところです。

そういう中で巡ってきた世界制覇のチャンス、でも冒頭にも申しあげましたが、まだまだ現時点では「健闘したけれど」というレベルが精一杯だと思います。

唯一の可能性は、相手の雨あられのようなシュートを、GK・曽ケ端選手の神ってるようなセーブやDF陣の奮闘で、ことごとくブロックしたり、逆に鹿島が、例のビデオアシスタントレフェリーシステムにまた助けられ、ゴールが認められるといった幸運が重なれば、可能性なきにしもあらずといったところです。

これも「たら」「れば」の世界ですし、まずは鹿島の健闘を祈りましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする