1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 嘗ては、子供であった事を、将来は、老人になっていく事を、思い出しながら、予想しながら、お互い互いを。

2024-07-08 07:31:12 | 法話

【7月10日投稿分】 


今日の法話は、7月5日に投稿させて頂いた『ご老人と若者』関連の、続きのお話をさせてもらいましょうかね。


さて、数日前、仏壇参りに伺うと、80代の檀家男性が「わしらの若い頃は、クーラーなど家にはなく、団扇(うちわ)と扇風機で夏を過ごしていた。孫達を見てると、どうも、我慢が足らん様な気がする。親が甘やかし過ぎとるんだ。かと言って、嫌われるのは嫌だから、孫達にはその事は言えんが。そうは思わんかい、住職」と。「拙僧のお寺(家)も、拙僧が27歳(35年前)まで、クーラーはなかったけど、その頃は暑くても35度前後で、扇風機で事足りてたもんね。その頃(時代)のクーラーのCMで『くーる、くーるで、夏がくーる』という歌があったでしょ。あの歌が流れ出すと『夏の到来か』とウキウキしてましたけど、今の夏は恐怖でしかない。年齢が60を過ぎたせいもありまっしょうが」と。


続けて、拙僧「昨今は地域によっては、40度を超える時もちらほらと。昔とは随分と環境に違いが出てきてますもんね。自分の事なら、ある程度は努力で何とかなろうけど、努力しても、どうにもならん事が世の中には数多に。昨今は、気象状況(自然環境)も含め、様々な問題(国際情勢、経済、少子化など)が山積し、それが負担になってる様で、それに対応して生きていかにゃならんから、大変ですよね。あっ、そうか、対応(工夫)していくも、努力と言えば、努力になるか。まあ、何にせよ、今の若い人達は、容易な事ではないと思いますよ。『今の若いもんは』とか『今の年寄りは』とかの言葉は、順送りの言葉ですもんね。作者は不明ですが『子供叱るな、来た道じゃ。年寄り笑うな、行く道じゃ。来た道、行く道、二人旅。これから通る今日の道。通り直しの出来ぬ道』なる言葉がありますが、若い者もお年寄りも、お互い、穏便に、穏便に」と、この檀家の爺様に。


前回、今回と『ご老人と若者、努力と工夫』の法話を書きながら、また、終戦日(8月15日)が近い事もあってか、次の話が脳裏を過ってきました。


もうかれこれ10年程前になりまっしょうか、90代婆様と30代曽孫娘が、拙僧の前で面白い会話をおっ始めよりました。その婆様が「ところで、お前(曾孫娘)は、結婚する気はないんかい」と。対し、曽孫娘が「だって、素敵だな、と思った男性は皆、結婚してるんだもん。残ってるは、残念君、ばっかり」「あん、残念君ばっかり、じゃと。お前もその、残念さん、と向こうからは思われとるわい。わしらの時代は戦争で、金やら、銀やら、皆死んで、残っとる中から掘り出し物を嗅ぎ分けるしかなかった。その嗅ぎ分ける力も、女の器量じゃ」と。曽孫娘はその言葉に、一言も返せませんでしたね。


この時、言い放つ婆様の言葉を聞きながら、拙僧『ドヒャー、この婆様、男性の事を、金やら、銀やら、と表現しおった。やっぱ、女性は生き物が違うわい』と心の中で大笑いを。この婆様ですが、身体は衰えたりとはいえ、現在101歳、口は相も変わらずの健やかにて。思えば、日本は戦争で多くの若い男性を失いましたが、その僅か23年後、昭和43年には、日本はアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国に成長を。その時の最大の功労者は、やはり何と言っても、5人、10人産んで育てた女性陣にて。『人は城、人は石垣、人は堀』ですもんね。武田信玄公が言われた言葉、という事ですが。


この婆様と曽孫娘の会話の後、婆様に拙僧「ところで婆様は、その掘り出し物(夫)を嗅ぎ分ける事が出来たの」と尋ねると、婆様が「勿論、嗅ぎ分けたくさ。50そこそこで死んじまったがな」「その旦那さんは、金だったの、銀だったの」と返すと「金とまではいかんが、わしが銀にまで育ててやったわい。男(夫)は、女(女房)次第じゃ。頼朝(妻、尼将軍政子)も、秀吉(妻、ねね)も、女房の影の力があったからこそじゃ」と。もう、天晴れ、と言うしかない、敵わんわ。お寺もですね、栄えている寺院を見ると『住職の力』というよりも『奥さん(坊守さん、寺庭さん)の力』と言った方が間違いない。


いやいや、女性というは、やはり凄いですな。漢字を見ても、それが的確に表現されております。素直な良い子の『娘(むすめ)』が、結婚して、他家に嫁いで『嫁(よめ)』となり、子を産んで育て、夫を支え、家を守っていく内に、鼻に付く『嬶(かかあ)』となり、晩年は、波風を超えてきた経験から、波風立てる『婆(ばあ)』となっていく。変化を続ける女性に、単細胞(男の漢字には変化なし)の男性が、適うはずがないですよね。すいません、大変失礼な事を言いました。お許しを。


【余談】

これは余談ですが、朝ドラ『虎に翼』の一場面で、日本人夫とフランス人妻の夫婦が離婚調停で、子供の親権の押し付け合いを。離婚したら日本人夫は、他の女性(妊娠中)と結婚するから息子の親権はいらんと。フランス妻は、フランスに帰ってやり直したいから、息子は邪魔と。このドラマでは、父親の姉がこの息子を引き取りに。これに似通った相談は拙僧、今日までに何度か受けてきました。こういった人達(父親、母親)は、自己反省をしない限り、次に結婚(再婚)しても、また、自分の都合で同じ事の繰り返しを。


子供は親を選んで生まれては来れませんもんね。この言葉に対し「親も子供を選んで産む事は出来ません」と明後日の方向から、的外れの事を言ってくる親も、過去にはおりましたな。が、この言葉には、少し無理がある。無色透明で生まれてきた子供に、色をつけていったは、親ですもんな。子供は、親が育てただけしか、育っておりませんもんね。芥川龍之介さんの『河童』では、河童の世界は『生まれてくるか否か』は、赤ちゃんの方に選択権があるとの事。河童の父親がその事を、母親のお腹の中にいる赤ちゃんに尋ねると「あなた(父親)を見ていると、私もその様な人生を歩むのかと思うと、生まれてきたくありません」との返答を。こりゃ、何とも、キッツイ言葉ですね。この小説『河童』を拙僧は、小学生時代に読んだままですので、もう1度、読み返してみようかな。自己反省の為に。


【付録】

拙僧はこれまでに法話の本を3冊、世に出して頂きました。そのご縁がきっかけとなり、テレビ(約半年、週1回)、ラジオ、新聞、雑誌などや、教育委員会、学校、幼稚園、病院、老人ホーム、デイサービス、町内会老人の集い、倫理法人会、他宗寺院、葬儀斎場、社員研修などへの講演(北九州在住の拙僧が、遠方では九州南部、関西、関東、北陸、東北まで)にも呼んで頂き、方々で法話交流を。あらゆる話とまでは言えませんが、様々なジャンルである程度(仏教仏事系の他にも、癒し系、漫談系、人生系、目から鱗系、子育て系など)の話が出来ると思いますので、何かのお役に立ちそうでしたら、時間調整の許す限り、集いの大小問わず(参加者数人でも)足を運ばせて頂きますので、お気軽に、facebook、X、Instagram のメール(コメント欄)で、お声を掛けてくださいませ。勿論、この様なお話で良ければ、でございますが。拙僧も今年で62歳です。父親の他界年齢を基準にすれば、あと僅かに10年。これより先の残された時間は、1人でも多くの人のお役に立てれば、との思いです。『今、自分に出来る事を、今やる』ですね。


約10年間でSNSに投稿した3000話の長短法話を下記で読む事が出来ます。近頃は、有難い事に、他宗のご住職様達や、寺院の奥様(坊守、寺庭)達から「住職(拙僧の事)の法話を、檀家さん達に使わせてもらっていいですか」との連絡が頻繁に。「お役に立ちますれば、幸にて」と快諾を。SNSとは、良きご縁も頂けるので、有難いですね。


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次回の投稿法話は、7月15日になります。





【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 知識は学問から、その知識を活かす知恵は経験から。経験なき知識は、ただの『物知りさん』でしかない。

2024-07-04 14:42:30 | 法話

【7月5日投稿分】


暑中お見舞い申し上げます。これより先は厳しい時節が続きますので、読者の皆様方におかれましては、どうぞ、お身体の方、ご自愛下さいませ。


【法話本文】

さて、夏時季といえば、やはり『熱中症』となりますが、今日の法話は、ご老人と若者の絡み話を少しつらつらと。拙僧の叔父(父の妹の夫)は当年94歳で、千葉県の君津市というところに住んでおりますが、夏時季(お盆)に伺うと、玄関を開けた途端に家の中から外へと、とんでもない程の熱風が。とても家の中に入れる状態では。叔父に「クーラーはどうしたの。壊れてるの」と聞くと『クーラーなど使う必要ない。わしは、暑くないんでな』の返答が。体の体温調節が狂っている(寒暖の感覚がバカになってる)は、この叔父だけにあらず。檀家のご老人達にも何人か、そんな人がおらっしゃるんですよね。


数年前の事ですが、80代の檀家婆様に「息子さん達が、新しいクーラーを買ってくれたんだから、使わんとあかんよ」と何度注意をしても「暑くない」と聞く耳なし。「自分は暑く感じてなくても、世の中(夏時季)は暑いんだよ。『冷房の29度』でいいから、その様に設定して、夜はつけっぱなして寝なさい。死にたくないなら」と注意したのに、その忠告を聞かず、寝ている間に熱中症で他界を。『私は、99歳まで生きるんだ』と言ってたくせに。99歳まで生きたいなら、99まで生きれる工夫をせにゃ、ですね。


この檀家婆様は面白い人で、喋り出したら機関銃の様に何時間も、それも同じ話を何度も何度も繰り返して。拙僧が喋くる婆様を無言で、じっと見つめていると「何ね、英照(拙僧の事)さん」と眉間に皺を寄せるんで「いや、ね、いつ息継ぎ(呼吸)してるのかな、と思って」と。「そんなに喋ってるかい」と返すので「99で死んだ時、婆様は棺桶の中でも喋ってるんじゃないの。喋ってたら『婆様、黙らんか、あんたは死んだんだよ』と耳元で言ってやるけんね」と。婆様とのこうしたやりとりは、年がら年中でしたね。が、実際は、棺桶の中では、見れば見るほど、よう死んでて、一言も。喋るだけ喋り倒して、この世を旅立って逝ったんでしょうな。それでこんな穏やかな顔に。いや〜、寂しかったですね。こういう婆様ですから、まだまだ泣き笑いのエピソードが。その話は、次の機会に。


亡き父は相談者の対応について、拙僧に「檀家さんの口を止めちゃいかんぞ。吐き出すだけ、吐き出させてやれ。それで胸がすっきりするんだから。相談に来た人にも、必ずそうしろ。人間関係の拗(こじ)れで相談に来た人には、特に、只々黙って話を聞いてやっとけばよか。相談者は皆、愚痴や文句、不平不満や悪口から始まりだすが、その内、自分も悪かったと反省が始まり、最後は自分で勝手に解決策を導き出しよる。人は教えられても身に付かん。人は気付かにゃ身に付かんでな。相談者が気付く様に導いていくが、お前の、住職としての役目だ。この事は忘れるな」と。


さて、熱中症の話に戻しますが、老齢者(老齢者か否かは、ご自分で判断を)の人達は、決して他人事と思わないでくださいね。人はどうした事か『自分だけは死なん』という根拠なき変な自信を持ってるみたいで。死を受け入れたくない、という心の表れなんでしょうかね。ところが人間は、誰1人として、明日の命を約束(保証)されている人は、いないんですけどね。ご老人を抱えている若い年代は、この時季(7月、8月、9月)は、よくよく注意をしてあげてくださいね。また、若いからとても、たった今まで何ともなかったのに、突然急に症状が起こるが、熱中症ですので。水分補給は小まめに摂りましょう。江戸時代後期の文人、狂歌師の太田南畝さんが辞世の句で『今までは、人の事だと思うたに、俺が死ぬとは、こいつはたまらん』と言っておりまっせ。


【知識、知恵、経験】

これは余談ですが、昨日の事ですが、朝早く、拙僧法話読者の若者から「住職は若い人へのアドバイス、というか、少しきつめの注意をした事って、ありますか」と。「どうしたの、何かあったの」と問うと「いや、ただ、あるのかな、と思いまして」と。「そうだね、昨今、少し気になる事といえば、例えば、例えばだよ。君は、車の免許を持ってるかい」「はい、持ってます」「運転する事はあるの」「はい、仕事で」と。「じゃ、ペーパードライバーではないんだね。教習所の本を読むと、逐一詳しく運転に纏わる説明が書かれているでしょ。それを読むと、もう、運転が出来る気分になる人が、拙僧の周りには結構多かったんだよな。そういう勘違い者が。その免許取り立て君に『じゃ、運転してみな』と運転させると、顔を引き攣らせながら、出発する前からあたふたして、周囲に迷惑を掛けながら、路上走行を。教習所での実習時間は、人によりまちまちだが、約30時間だろ。30時間って、たったの1日だよ。そのたった1日、教習所で練習(運転)してきただけの者(ど素人)が、様々な事が起こりうる路上に出てくるんだよ。考えたら、おっかないよね。経験がないんだから、そりゃ、本人達も怖かろうよ」と。


続けて、この読者若者に「拙僧の爺様(35年前に他界)というは、凄く厳しかった人でね。拙僧の父親(21年前に他界)というは、勉強が凄く出来る人だったが、勉強が出来るが故に、知識が先に立って、それは屁理屈も多かった様で。常に爺様(父親の父)から『知識は学問から得られるが、その知識を活かす知恵は、経験からしか得られん。経験なき知識はただの、物知りさん、でしかない。ただの、物知りさん、では、実践で役には立たん。本の中だけで生きてんじゃねえよ』と怒られていたそうな。その言葉を今度は、10代の頃の拙僧に父親が。その言葉を更に拙僧が、バリバリ理系の屁理屈こき息子達に。昨今は、この話を若い人達にする事が、結構に多いかな」と。すると、この若い読者が「実は会社で、上司が何を自分に言っているのか、理解に苦しんでいましたが、そういう事を言いたかったんですね」「ほう、すると、この話はピンポイントだったんかい。流石、英照(拙僧)さん。自分で自分を褒めたろ。まあ、そりゃ、よかった」と。


【付録】

拙僧はこれまでに法話の本を3冊、世に出して頂きました。そのご縁がきっかけとなり、テレビ(約半年、週1回)、ラジオ、新聞、雑誌などや、教育委員会、学校、幼稚園、病院、老人ホーム、デイサービス、町内会老人の集い、倫理法人会、他宗寺院、葬儀斎場、社員研修などへの講演(北九州在住の拙僧が、遠方では九州南部、関西、関東、北陸、東北まで)にも呼んで頂き、方々で法話交流を。あらゆる話とまでは言えませんが、様々なジャンルである程度(仏教仏事系の他にも、癒し系、漫談系、人生系、目から鱗系、子育て系など)の話が出来ると思いますので、何かのお役に立ちそうでしたら、時間調整の許す限り、集いの大小問わず(参加者数人でも)足を運ばせて頂きますので、お気軽に、facebook、X、Instagram のメール(コメント欄)で、お声を掛けてくださいませ。勿論、この様なお話で良ければ、でございますが。拙僧も今年で62歳です。父親の他界年齢を基準にすれば、あと僅かに10年。これより先の残された時間は、1人でも多くの人のお役に立てれば、との思いです。『今、自分に出来る事を、今やる』ですね。


約10年間でSNSに投稿した3000話の長短法話を下記で読む事が出来ます。近頃は、有難い事に、他宗のご住職様達や、寺院の奥様(坊守、寺庭)達から「住職(拙僧の事)の法話を、檀家さん達に使わせてもらっていいですか」との連絡が頻繁に。「お役に立ちますれば、幸にて」と快諾を。SNSとは、良きご縁も頂けるので、有難いですね。


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次回の投稿法話は、7月10日になります。





【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 知識は学問から、その知識を活かす知恵は、経験から。

2024-07-03 07:56:27 | 法話

【臨時法話】


今朝早く、拙僧法話の若い読者から「住職は若い人へのアドバイス、というか、少しきつめの注意をする事ってありますか」と。「どうしたの、何かあったの」と問うと「いや、ただ、あるのかな、と思いまして」と。「そうだね、例えば、例えばだよ。君は車の免許を持ってるかい」「はい、持ってます」「運転する事はあるの」「はい、仕事で」と。「教習所の本を読むと、逐一詳しく運転に纏わる説明が書かれているよね。それを読むと、もう、運転が出来る気分になる人が、拙僧の周りには結構多いんだよ、そういう勘違い者が。その免許取り立てに『じゃ、運転してみな』と運転させると、顔が引き攣って、恐々と周囲に迷惑を掛けながら路上を。教習所での実習時間は、約30時間だろ。30時間って、たったの1日だよ。そのたった1日、教習所で練習(運転)してきただけの者(ど素人)が、様々な事が起こりうる路上に出てくるんだよ。経験がないんだから、そりゃ、本人も怖かろうよ」と。


続けて「拙僧の爺様(35年前に他界)は、凄く厳しい人でね。拙僧の父親(21年前に他界)は、勉強が凄く出来る人だったが、常に爺様(父親の父)から『知識は学問から、その知識を活かす知恵は、経験からしか得られん。経験なき知識は、ただの物知りさんでしかない。本の中だけで生きてんじゃねえ』と。その言葉を今度は、拙僧に父親が。この話を若い人達にする事が、多いかな」と。すると、この若い読者が「会社で、上司が何を言ってるのか、理解に苦しんでいましたが、そういう事だったんですね」「ほう、この話、ピンポイントだったかい。そりゃ、よかった」と。


約10年間でSNSに投稿した3000話の長短法話を下記で読む事が出来ます。近頃は、有難い事に、他宗のご住職様達や、寺院の奥様(坊守、寺庭)達から「住職(拙僧の事)の法話を、檀家さん達に使わせてもらっていいですか」との連絡が頻繁に。「お役に立ちますれば、幸にて」と快諾を。SNSとは、良きご縁も頂けるので、有難いですね。


拙僧はこれまでに法話の本を3冊、世に出して頂きました。そのご縁がきっかけとなり、テレビ(約半年、週1回)、ラジオ、新聞、雑誌などや、教育委員会、学校、幼稚園、病院、老人ホーム、デイサービス、町内会老人の集い、倫理法人会、他宗寺院、葬儀斎場、社員研修などへの講演(北九州在住の拙僧が、遠方では九州南部、関西、関東、北陸、東北まで)にも呼んで頂き、方々で法話交流を。あらゆる話とまでは言えませんが、様々なジャンルである程度(仏教仏事系の他にも、癒し系、漫談系、人生系、目から鱗系、子育て系など)の話が出来ると思いますので、何かのお役に立ちそうでしたら、時間調整の許す限り、集いの大小問わず(参加者数人でも)足を運ばせて頂きますので、お気軽に、facebook、X、Instagram のメール(コメント欄)で、お声を掛けてくださいませ。勿論、この様なお話でいいなら、でございますが。拙僧も今年で62歳です。父親の他界年齢を基準にすれば、あと僅かに10年。これより先の残された時間は、1人でも多くの人のお役に立てれば、との思いです。『今、自分に出来る事を、今やる』ですね。


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次回の投稿法話は、7月5日になります。